理学療法を再考するブログ

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プラセボ効果を再考する

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おはようございます。

 

今回は臨床と切っても切り離せないプラセボ効果について考えていきます。

プラセボ(プラシーボ)効果といえば皆さんも一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。実際には効果のでない薬を服用しても「この薬は効き目がある」と患者が思い込むことで病気の症状が改善する事なんかは有名ですよね。

因みにプラセボ=偽薬を意味します。

因みに逆パターンとしてノセボ(ノシーボ)効果は聞きなじみのない人もいると思います。ノセボ効果は偽薬によって、患者が副作用などの有害性を恐れることで実際に症状が現れてしまう事を言います。

ノセボ=反偽薬を意味します。

何故これらが研究分野だけではなく臨床と切っても切り離せないのか、さっそく考えていきましょう!

 

この記事は以下のような人に向けて書いていきます。

 

◎臨床でプラセボ効果やノセボ効果を意識して管理したことがない人
プラセボ効果・ノセボ効果についてあまり勉強をしたことがない人
◎臨床を行う上でプラセボ効果についての注意点を知らない人

 

目次

[1.プラセボ効果とは]

[2.プラセボ効果の発現条件]

[3.プラセボ効果を左右するコンテキスト因子]

[4.プラセボ効果を臨床に応用する]

 

 1.プラセボ効果とは

 プラセボ効果は医学において大きな関心と議論がなされてきました。「プラセボ」という言葉を使用したのは数世紀前の医学論文であり、最初にプラセボ制御試験が実施されたのは1799年といわれています。「プラセボ効果」という言葉はここ最近から出てきて、今では一般の方々にも少しずつ認知されるようになったのではないでしょうか。

プラセボの古典的意味合いは「患者に利益をもたらすよりも患者を喜ばせるために与える薬」として使用されていました。つまり、不活性(効果のない)薬剤や手順ではあるものの治療の施しようがない患者への善意のごまかしのような存在でした。

しかし、現在では研究が進む事でプラセボが与えられる特定の状況に応じて神経生物学的メカニズムや心理学的メカニズムによって引き起こされるプラセボ反応が特定されてきました。言ってしまえば、実際に脳と身体に影響を及ぼしているということです。

最近では薬理学的前調整による’’条件付け'’と過去の経験などの’’期待’’が合わさる事で免疫システムやホルモン調整システムがプラセボ効果の影響を受けることからパーキンソン病うつ病、呼吸器/心血管系の生物学的モデルの研究が進められています。特にプラセボ効果は「痛みと鎮痛」の分野で発展しており、プラセボ鎮痛反応はプラセボのメカニズムを最もよく理解しているモデルと思われます。

では、プラセボ鎮痛反応から神経生物学的/心理的カニズムの変化を起こす条件をみていきましょう。

 

2.プラセボ効果の発現条件

 プラセボ効果の発現には「良くなるだろう」という期待、「良くなりたい」という欲望、「Positiveな気分」などの感情が必要としている文献もあります。

 

参考文献:Price DD, Finniss DG, Benedetti F. A comprehensive review of the placebo effect: recent advances and current thought. Annu Rev Physiol. 2008; 59: 565-590.

 

特にプラセボ効果には条件付け+期待の相互作用が重要となってきます。つまり、口頭で誘発される期待や患者の期待を形作る条件付けや以前の経験から生じる可能性があります。

1997年にMontgomeryとKrischは条件付けによりプラセボ反応の期待値を生成し、この期待値によりプラセボ反応が起こることから、プラセボ鎮痛作用には意識的な期待が必要である事を示しています。下記は試験内容。

被験者の皮膚にベースラインの機械刺激を与えた。その後、皮膚に不活性クリーム(徐痛効果のないクリーム)を塗り被験者には黙った状態でベースラインよりも低い機械刺激(条件付け刺激)を与えた。その後に2グループに分け、1グループは不活性クリームを皮膚に塗りベースラインの機械刺激を与えると痛みの著しい軽減を報告した。もう1グループには「さっきのは特に効果がないクリームで、ワザと刺激の強さを弱めた」事を伝えた上で不活性クリームを塗りベースラインの機械刺激を与えると痛みの軽減の報告はなかった。

 

参考文献:Montegomery GH, Kirsch I. Classical conditioning and the placebo effect. Pain, 01 Aug 1997, 72(1-2): 107-113.

 

期待による鎮痛作用は実際にオピオイド神経ネットワークを活性化させます。1999年にBenedettiらは内因性オピオイドが鎮痛を期待している部分にだけ効果を発揮することから、内因性オピオイドは高度に組織化された体性ネットワークが期待、注意、および身体スキーマとリンクしている事を示唆していると報告しています。

 

参考文献:Benedetti F, Arduino C, Amanzio M. Somatotopic activation of opioid systems by target- directed expectations of analgesia. The Journal of Neuroscience, 01 May 1999, 19(9): 3639-3648.

 

また、オピオイドシステムだけでなくドーパミン/エンドカンナビノイド/セロトニンシステムも実際にプラセボ効果で活性化されます。

 

参考文献:Munnangi S, Sundjaja JH, Singh K, et al. Placebo Effect. [Updated 2020 Sep 9]. In: StatPearls [Internet].Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 2020 Jan-.

 

つまり、プラセボ効果を得るには口頭による提案や過去の経験からその人が「この薬や治療は効くぞ!」と意識的に期待をしている事で実際に身体への変化が起こるということです。

しかし、最近では「プラセボ」という言葉の認知が世間の中で進み、プラセボと分かっていても効果が得られるようになってきています。

臨床試験において被験者がプラセボ効果について(プラセボでも効果があると)知っていれば、プラセボ群はコントロール群としての役割を果たさなくなります。そのため、介入群とプラセボ群の間に差がなかったとしても「この介入に効果はない」と解釈するのは誤りとなり、あくまで「プラセボと同等の効果しか得られなかった」という解釈になります。 

以上のようにプラセボ効果はまやかしなどではなく、条件付けと期待を組み合わせる事で実際に身体や脳システムへの変化を起こす事ができます。 

 

3.プラセボ効果を左右するコンテキスト要因

 プラセボ効果による鎮痛反応を発揮するにあたりコンテキスト(文脈)要因が重要となってきます。このコンテキスト要因は条件付け、口頭による提案、医療者側の行動などが含まれます。これらの要因はプラセボ効果自体にかなりの影響を与えます。

Giacomo Rossettiniらはナラティブレビューにて臨床におけるコンテキスト要因の重要性を報告しています。「治療結果はコンテキスト要因の様々な変数間(セラピスト、患者、医療環境等)の相互作用の複雑で予測不可能な非線形の結果である」とし、臨床におけるコンテキスト要因を以下のように示しています。

1)セラピストの特徴

  • プロフェッショナリズム(専門知識、資格、評判、教育、調整)
  • 考え方(行動、信念、期待、以前の経験)
  • 外観(服装、制服、白衣、信頼性)

2)患者の特徴

  • 考え方(期待、以前の経験、治療歴、好み、欲望、感情)
  • ベースライン(症状のレベル、併存症、健康状態、性別、年齢)

3)患者とセラピストとの関係性

  • 口頭によるコミュニケーション(肯定的なメッセージ、声の調子、積極的な聞き取り、サポートと励ましの提案、言語の相互関係、暖かさ、注意、ケア、共感の相互作用)
  • 非言語的コミュニケーション(アイコンタクト、思いやりのある表情、笑顔、姿勢、ジェスチャー、頷き、前傾、オープンボディオリエンテーション) 

4)治療の特徴

  • セラピータッチ(感情的、共感的、情緒的)
  • モダリティ(侵襲性のレベル、オープン/明白なアプリケーション、観察/社会的学習)
  • 病理学(個別化治療、同じセラピストによる治療、清潔さ、適切な診察時間、時間厳守、患者の予約の柔軟性、タイムリーで効率的な治療、適切な頻度・期間)
  • マーケティング(フォローアップ、ブランド、賞品、新規性、儀式)

5)ヘルスケアの設定機能 

  • 前向きな気晴らし(自然光、低ノイズレベル、リラックスできる柔らかい音楽、心地よい香り、適切な温度)
  • 補助的な表示(非常に目立ち読みやすい看板、駐車場情報、アクセス可能な入り口、明確で一貫した口頭または書面による指示、案内所およびアクセス可能な電子情報)
  • 快適な要素(窓と天窓、プライベートな治療設定、サービスへのアクセスへの良さ、便利な診療時間、場所、駐車場、利用可能な親しみやすいサポートスタッフ)
  • 装飾と装飾品(自然のアートワーク、緑の植物、花、水、植物、庭、色)

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参考文献:Rossettini G, Camerone EM, Carlino E, Benedetti F, Testa M. Context matters: the phychoneurobiological determinants of placebo, nocebo and context- related effects in physiotherapy. Arch Physiother. 2020; 10: 11. Published 2020 Jun 11.

 

 確かに臨床経験上同じ患者に同じセラピストが同じ介入をしてもその時々で治療結果が変わる場面に遭遇します。例えば、「同じ介入を昨日と今日で実施したら、昨日より今日の方が患者の痛みが良くならなかった。」なんて事は大なり小なりセラピストであれば感じた事はあるのではないでしょうか。

これがコンテキスト要因間の相互作用における非線形の治療結果なのであれば完全に制御する事は適わなくても、このコンテキスト要因を如何に管理するのかを意識して臨床に挑む事はかなり大切になってくると考えます。

特に私たちは人を相手にしている仕事である以上、社会人/医療人としての最低限のマナーや身なり、礼節を持った上でプロフェッショナリズムに則って 患者に対して理学療法/作業療法を提供していく必要があります。これらがきちんと管理出来ていないセラピストは知らず知らずの内に患者に対してノセボ効果を誘発し、不必要な痛みを引き起こしている可能性さえあります。

 

4.プラセボ効果を臨床に応用する

 さて、プラセボ効果を管理し臨床で応用することが何故必要なのでしょうか。先にも出てたGiacomo Rossettiniらは「プラセボ反応が低いと治療の反応性も低くなり、より多くの医療が必要となる」としています。基本的にどのような手技や治療方法に関してもプラセボ効果(もしくはノセボ効果)は付随しており、完全に取り除く事は困難と考えます。そのため、如何にしてノセボ反応を抑えプラセボ反応を効果的に扱うかが重要となってきます。下記にプラセボ効果を臨床で応用する際の注意点を述べていきます。

 

≪問診の重要性≫

 まずは患者にとってのそれぞれの肯定的なコンテキスト要因(Positive context factor)および否定的なコンテキスト要因(Negative context factor)を知る事が大切です。プラセボは学習反応のため患者の過去の治療経験に対する記憶・期待・感情を知らなければなりません。例えば、過去に腰痛に対し電気治療を施行された患者が2名(A,B)いるとします。

Aさんは以前電気治療を受けて、腰痛を改善した経験を持ちます。

Bさんは以前電気治療を受けましたが、身体に合わなかったのか治療中も痛みを感じるだけで腰痛も良くならず逆に痛みが増悪してしまった経験を持ちます。

この場合、同じ治療法であっても電気治療はAさんにとってはプラセボ効果として治療効果の反応が高いかもしれませんが、Bさんに関しては過去のトラウマから負の感情や痛くなるだろうという不安、嫌な記憶がよみがえります。そうすると治療効果が低いどころかノセボ効果により痛みを強くしてしまう可能性があり、これがBさんにとって電気治療は害悪であるという信念が形成されます。

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これらが期待+条件付けによるプラセボ効果/ノセボ効果の発生条件の違いとなります。このため、問診にて患者の以前の経験を聞き、患者自身の話をするための十分な時間を与え、期待と信念を評価する事が必要となります。特に治療に関しては過去にどんな施術や治療を受けて症状が良くなったか、悪くなったかを質問する事が重要です。

いくらエビデンスレベルが高かろうが、過去に様々な患者の症状を取り除いてきた自信のある手技・治療であろうが患者自身がその治療に対し期待が持てず過去にあまり良い経験がない場合は恐らくはその効果は十分に得られないでしょう。

 

≪医療者に必須のリテラシー能力≫

 プラセボ効果についてここまで書いてきましたが、みなさんの頭の中にこんな考えが思い浮かんでいないでしょうか。

「効果がないかもしれない治療を効果的に魅せるために言葉巧みに期待を持たせればいいってこと?それってちょっと微妙じゃない?」

全くその通りだと思います。

しかし、この「ある疾患に対しての治療効果を医学的根拠に基づいて治療選択を行っている」セラピストは多くないように感じます。

例えば、こんな患者がいたらどうしますか。

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この水素水の癌への効果は実際に動物実験レベルで実証したとして学術誌にも載っています。

 

参考文献:J Runtuwenw et al. Hydrogen-water enhances 5- fluorouracil- induced inhibition of colon cancer.Peer J. 3: e859; Doi 16,7717/Peer J.

 

その他にはパーキンソン病に効果があった、糖尿病に効果があった(いずれも基礎実験/動物実験レベル)などもあります。

医療者としてどのように判断するべきでしょうか。あなたならどのように判断しますか?

上の患者に対し「じゃあ、抗癌剤をやめて水素水を飲んで治しましょう!」と判断する医療者は少ないと思います。ほとんどが「怪しすぎでしょ!」「本当かよ!?」など懐疑的な意見を持つ人が多いと思います。

ここで人への治療実績もほとんどなくエビデンスが確立されていない水素水を治療選択し、仮にプラセボ効果があったとしてもそれだけではもちろん癌は治りません。それどころか適切な医療を受ける機会を失ってしまい、患者への損失に繋がってしまいます。

 ここまで極端な例だと「水素水で癌が治る?そんなわけない、怪しいよ!」と思う人が多いのですが、普段の臨床では盲目的に自身の徒手療法(トリガーポイント、筋膜リリース、オステオパシー等々)や独自の治療法(○○流○○術など)の効果を信じているセラピストは多いのではないかと感じます。実際にTwitterなどでも「腰痛にはファーター乳頭のリリースが効果的」なんて投稿もざらに見かけます。もちろんエビデンスは個人の経験によるもののみです。

適切な身体検査や臨床推論を行わず、ガイドラインも確認せず、その時の流行りの手技に傾倒する事は正しい治療選択をしているとは言えません。

誤解を恐れずに言うと、自身が勉強している/したことのある知識・技術のみを活用し、それが効果的であると信じ込ませる事で目の前の患者を良くした気になっているセラピストははっきり言って水素水と同じレベルです。

つまりプラセボ効果を扱う上でセラピストはコンテキスト要因を良心的かつ倫理的に管理して、プラセボを強化し、患者の利益のために補足的な治療戦略として意識的にコンテキスト要因を使用していく必要があります。

具体的には以下の行動が必要です。

  1. インターネット、SNS、TVで配信される誤った医療情報を回避させるため、エビデンスに基づき患者と話す
  2. 治療の選択及び治療目標への患者の関与を促す様々な治療オプションを提案する必要がある
  3. 患者によって相談スタイルを個別化し、技術的な接触を最小限にするため、特定の治療の有効性にてついて効果的に情報を提供する

 

参考文献:Rossettini G, Carlino E, Testa M. Clinical relevance of contextual factors as triggers of placebo and nocebo effects in musculoskeletal pain. BMC Musculoskeletal Disorders, 22 January 2008, 19(27): 1-15.

 

3.の効果的に情報を提供するとは、インフォームドコンセントのプロセスで提案した治療に対する肯定的な臨床転機に関する情報と副作用など否定的な情報のバランスを取りながら患者に伝えることを指します。

上記の1.~3.は、いわゆるShared Decision Making(SDM)ガイドラインなどを活用しつつ行うことが推奨されていると私は考えます。SDMに関してはまたブログで別の機会にお話が出来ればと思います。

 

さて、プラセボ効果についてまとめますと

  • プラセボ(ノセボ)効果はどの治療でも必ずついてまわる
  • プラセボ(ノセボ)効果の発生には期待+条件付けが必要
  • 患者の過去の治療経験や信念を聞いておこう
  • EBMに則って双方向性に意思決定が行えるように医療者が関わる必要がある
  • 臨床では良心的かつ倫理的にコンテキスト要因を管理してプラセボを効果的に使おう

 

臨床ではコンテキスト要因を管理できてこそ一流のセラピストだと思います。是非、明日から意識して臨床に挑んでみましょう。

 

それでは、以上でプラセボ効果についての再考を終わりとさせて頂きます。

ご拝読頂きありがとうございました。