理学療法を再考するブログ

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患者が良くならないのは自分の徒手技術がないから、は本当なのか?

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おはようございます。

 

今回は患者の痛みや身体機能を良くする上で高い徒手技術が必要かというテーマで考えていきます。

患者が良くならず、その原因を「自分の徒手技術がないせいだ」と悩んでいるセラピストは多いのではないでしょうか。

そのような悩みに対して、今回の記事では徒手療法を批判的に吟味していき、患者を良くするために徒手療法を臨床でどのように活用すべきかを書いていこうと思います。

 

この記事は以下のような人に向けて書いていきます。

 

◎患者が良くならないのは自分の徒手技術が低いからだと考えている人
◎とにかく自分の徒手技術を高める事で患者さんに貢献しようと考えている人
◎治療選択について意識したことがない人
◎Shared Decision Makingって初めて聞きましたという人

 

目次

[1.触っているつもり?な触診] 

[2.科学的にみた徒手療法の効果とは]

[3.徒手療法のエビデンス]

[4.治療選択のススメ]

[5.今後求められるShared Decision Making] 

[6.プロフェッショナルとは]

 

 1.触っているつもり?な触診

  臨床を語るうえで触診の重要性はみなさんもご存じかと思います。徒手療法を行う上でも高い触診技術の必要性は多く聞きます。しかし、触診の精度に関して考えたことはあるでしょうか。

触診技術を向上させるには解剖学の知識を高め、何度も何度も触れる練習を重ねることで精度は上がっていきます。初めは脊柱の棘突起の触り分けが難しく感じても経験や練習を重ねることで以前よりもスムーズに的確に触れるようになった人も多いと思います。しかし、これにはある条件がつくと考えています。

それは「確実に触れる組織である」という前提条件です。

しかし、臨床や徒手療法の勉強会ではこの前提条件が無視され本当に触診できているのかが疑わしい事を患者や受講生に伝えるセラピストや講師もいます。

例えば、「大腰筋」を例に考えてみましょう。臨床でもよく話題に挙がり、大腰筋の触診は難しく、触診の練習をしたセラピストも多いのではないでしょうか。

大腰筋を触知する際には仰臥位となり、腹部の上から大腿骨小結節からお臍と剣状突起を結んだ仮想線内に大腰筋がある事をイメージして触診を行います。よく分からない際は股関節を屈曲させて筋収縮を感じながら確認するとより強く大腰筋の硬さの触知が可能になると言われています。

しかし、大腰筋よりも表層には様々な組織が存在していますが、それらはあまり考慮されていないように感じます。例えば、上から皮膚(表皮/真皮)、脂肪組織、浅筋膜、脂肪組織、内臓(大腸/小腸)などがあります。もちろん、これらも独自に硬度を持っており、特に結合組織である脂肪組織や筋膜などは水分含有量によって硬度が変化します。これらを考慮した際に私たちが皮膚の上から触っている硬さは本当に大腰筋の硬さなのかと疑問が出てきます。

「いや、でも筋収縮すれば筋肉の動きが感じられるし、ちゃんと他の組織の上から触知は可能だよね?」と思うかもしれませんが、そもそも筋収縮を起こす事によって動くのは筋肉だけではありません。人は全身を筋膜という膜で覆われている事を考えると、同時に内臓である大腸や小腸、結合組織も動いている事になります。あなたの手で感じられているのは内臓の動きや硬さかもしれないですし、もっと表層の結合組織の動きや硬さである可能性があります。また、大腰筋にたどり着く前に腸間膜根という強固な組織も存在します。しかし、我々セラピストはこれらの事をあまり考慮せず、触診している部位を硬く感じると「大腰筋が硬い」という判断をします。

そもそも、触診で患者の症状をどこまで把握できるんでしょうか。

2012年に触診の訓練を行った2人の医師が片側性腰痛・頚部痛をもつ91人の被験者の頚部と腰部を触診し、左右のどちらに症状があるかを当てられるかを調べた研究があります。触診以外の検査は実施しません。

この研究結果では正答率は腰痛症例は64.8%(p=0.02)、頸部痛症例は58.5%(P=0.10)でした。腰痛症例は有意差があるものの、左右どちらかの1/2の確率であるにも関わらず60%前後の触診の精度では情報としての信頼性はあまり高くないように感じます。

 

参考文献:Maigne JY, Cornelis P, Chatellier G. Lower back pain and neck pain: is it possible to identify the painful side by palpation only?. Ann Phys Rehabil Med. 2012; 55(2): 103-111. 

 

更に2017年に報告されたこちらの研究では、慢性腰痛患者が感じるこわばり感(feeling Stiffness)と検者が組織を皮膚上から徒手で押したときに感じる筋の硬さ(Stiffness)に相関は見られなかったとしています。

 

参考文献:Stanton, Tasha & Molsely, Lorimer & Wong, Arnold & Kawchuk, Greg. (2017). Feeling stiffness in the back: A protective perceptual inference in chronic back pain. Scientific Reports. 7. 10. 1038/s41598-017-09429-1.

 

 以上の研究結果や身体解剖学観点から考察するに触診は我々セラピストが見たいものを見たいようにしか捉えていないバイアスが強くかかっている可能性が高いと感じます。

知識や経験を積む事で確かに触診の精度は上がりますが、反対に触れているかも分からない組織を触っている錯覚に陥り、バイアスだらけの情報から治療方針を決める危険性をはらんでいます。硬い部位を触知した時にその原因に介入するとしても、そもそもの評価が合ってなければ効果は得られにくいと感じます。これも一つ徒手療法の弱点と言えるのではないでしょうか。

 

2.科学的にみた徒手療法の効果とは

 さて、徒手療法を行う上でどれほどの効果を持ってるのかを知っておくことは重要です。 以前の記事で痛みについて書いた際にも、[1.痛みを治すのに必要なのはゴットハンドなのか?]で徒手療法の限定的効果に言及しました。

簡潔に言えば、即時的効果や極短期的な効果を示す研究はあるものの、徒手療法において長期効果を示した質の高い研究はない。というものでした。(※下記リンク参照)

痛みについて再考する。 - 理学療法を再考するブログ

 

ただ、こう思いませんか?いやいや、この研究対象となったセラピストの技術不足なんじゃないの?そもそも私の徒手療法は筋膜や神経系へのアプローチもしているから!と。

確かに徒手療法において顕在化されていない部分はあると思われます。例えば、各個人の知識経験や技術により徒手療法の効果に差が出てくることは大いに考えられます。しかし、その顕在化されていないことを理由に自身の徒手療法がエビデンスが確立された他の治療より優れていると判断するのは問題があります。

2011年には徒手技術の内容によって治療結果が異なるかを調べた研究があります。この研究では2種類のマッサージと通常ケアが慢性腰痛に及ぼす影響を比較しています。この2種類のマッサージと通常ケアの内訳は

1.リラクゼーションマッサージ(リラックスを目的とする)

2.構造マッサージ(筋筋膜アプローチ、神経筋アプローチ、軟部組織アプローチによる筋骨格系の要因を特定して症状の緩和を目的とする)

3.通常ケア(特別なケアを受けず、50ドルが支払われ、実際のケアは医療記録と面接から決定)

結果として、マッサージの種類による効果に有意な差はほとんど見られず。2種のマッサージによる症状への効果に関しては10週が臨床的に意義のある改善のピークでした。長期的(26週以降)にはマッサージの効果は通常ケアと比べ差は認められなかったとしています。

 

参考文献:Daniel C. Chekin, PhD et al. A comparison of the effects of 2 type of massage and usual care on chronic low back pain: A Randomized, Controlled trial. Ann Intern Med. 2011 Jury 5; 155(1): 1-9.

 

みなさんはこの研究結果から何を考えますか?

この研究では、構造マッサージは筋筋膜アプローチや私がよくやっている筋肉のリアライメントからの筋骨格-神経系へのアプローチも包括しています。この研究結果と先ほどの触診の不確実性も合わせ、この論文を読んだ時に私は自身の徒手療法について自分が思っているほど効果を出せていないんじゃないかと疑念を抱きました。

効果判定に関しても他の介入方法と比べて意義ある改善を徒手療法で出せているとは言えないことに気づき、一度自身の徒手療法を科学的根拠を基にした診療(EBP)の観点から考える事にしました。

 

3.徒手療法のエビデンス

 ここでは徒手療法の科学的根拠を確認しましょう。2011年に発表された理学療法ガイドライン徒手理学療法を確認してみると

頚部に対する徒手療法の有効性は以下のようになっています。

  • 関節モビライゼーション 推奨グレードA エビデンスレベル2
  • マニュピレーション 推奨グレードA エビデンスレベル2

頚部痛(むち打ち含む)や眩暈に対しエビデンスで示されているのは上記2つの徒手療法です。推奨度やエビデンスレベルは高いですが、他の治療よりも効果が優れているとは言えないのが現状です。

しかしながら、12週以上続く機械的な慢性頚部痛患者に対し徒手療法単独、運動療法単独と比較し、マニュピレーション+運動療法の介入は筋力、筋持久力、可動域に対して改善を認めたとの報告があるため、複合的な治療は単独での治療よりも優れている可能性があります。

 

参考文献:Bronfort G, Evans R, Nelson B, et al: A randomized clinical trial of exercise and spinal manipulation for patients with chronic neck pain. Spine 26: 788-797, 2001.

 

胸部に対する徒手療法の有効性は以下のようになっています。

  • 関節モビライゼーション 推奨グレードA エビデンスレベル2

上記の関節モビライゼーションにはマニュピレーションも含まれて記載されています。上肢障害に対しては即時的な効果を認め、頸部障害に関しては特に胸椎にマニュピレーションを実施することで即時的~1か月を超す臨床的に優れた効果をもたらすとしています。

 

腰部に対する徒手療法の有効性は以下のようになっています。

  • 腰痛に対する徒手療法 推奨グレードA エビデンスレベル2
  • 急性・亜急性腰痛に対する徒手療法(マニュピレーション・モビライゼーションなど) 推奨グレードB エビデンスレベル2
  • 慢性腰痛に対する徒手療法(マニュピレーション・モビライゼーションなど) 推奨グレードA エビデンスレベル2
  • 腰痛に対するマッサージ効果 推奨グレードA エビデンスレベル2

腰痛に対する徒手療法はマニュピレーション・モビライゼーションを指して記載されています。急性腰痛に対する徒手療法のエビデンスは中等度であり、無治療よりも疼痛や能力低下の改善を図れますが、他の治療に比べ効果が優れているとは言えません。

また、慢性腰痛に対してモビライゼーションとマニュピレーションはプラセボ群と比較しても効果を発揮し高いエビデンスレベルとして推奨されています。一方で複合治療(マニュピレーション、運動療法、医師のアドバイス)は医師のアドバイスと同等の治療効果しか認めない事や一般的エクササイズと比較した際に徒手療法は短期的に効果を認めるも長期的には差がないとしています。

 

 以上より徒手療法でもガイドラインで推奨されるエビデンスがあるのはモビライゼーションとマニュピレーションのみになります。またそれら徒手療法の各部位への効果をまとめると何もやらないよりはやったほうがいい、単独では効果が短期的である事、他の治療と比べ優れた治療ではない事、複合的(運動療法との併用)であれば効果を示す場合もある。となるでしょうか。

更に脳卒中ガイドライン2015(追補2019)においても運動麻痺を有する脳卒中患者に対し『ボバース法やPNFなどの神経筋促通手技は行ってもよいが、伝統的なリハビリテーションより有効である科学的根拠はない』としています。むしろ訓練量を増やす事や通常のリハビリテーションに加えて機能的電気刺激やペダリング運動を行うと歩行能力の向上や筋再教育に有効であるとしています。

このことを考慮すると患者の治療選択をするにあたり徒手療法を第1選択にしてしまうのはベストではないように感じます。

理学療法作業療法を実施するにあたり、入院期間も定められていることからも比較的費用対効果の高い治療選択を行う必要があります。但しリハビリテーション分野は不確実性が高く、質の高いエビデンスも確立されていません。つまり、この疾患の人にこの治療をやれば必ず高い効果が得られる!なんて治療はありません。

では、不確実性の高いリハビリテーション分野でどのように治療選択していくべきなのでしょうか。

 

4.治療選択のススメ

 不確実性の高いリハビリテーション分野で治療選択を行う上では、患者の意思決定が重要となってきます。特に徒手療法は3.でも示したように常に最適となるような治療法ではなく、場合よっては効果が十分に得られない可能性もあります。

わかりやすい例として、同じく不確実性の高いがん治療で考えてみましょう。女性特有の疾患である乳がんは様々な治療法がありますが、どの治療法を選択するかはその人の背景や価値観によって異なってきます。

仮にAさんが乳がんだと診断を受けて医師から再発の可能性が最も低い乳房切除術を勧められました。無事に手術は終わり、Aさんは自身の身体の変化にショックはありながらも生活を送っていました。そんな中、1年後にBさんという乳がん経験者と知り合います。話の中で、Bさんは乳房切除術を受けずに乳房温存術と放射線治療を受けた事で再発なく過ごしている事を聞き、Aさんはショックで泣き崩れてしまいました。

自分もその選択肢がある事を知っていたら、乳房切除術なんて受けなかったのに…と

ここでの問題点は医療者(医師)と患者(Aさん)の間で適切に情報共有がなされず、医療者側が一方的に治療方法を提示してしまっている事にあります。不確実性の高いがん治療において、特に女性にとって身体に傷がついてしまう治療選択は大きな副作用と考える事ができます。この場合、各治療の益と害のバランスを適切に伝えるために以下のように情報を提示することが大切です。

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本来Aさんには乳がんにおける全ての選択肢(治療法)を提示し、治療法それぞれのメリット/デメリットを説明した上でAさん自身に選択させることが必要でした。医療者が良かれと思って提示した選択肢は患者本人にとって必ずしもベストではないという事がわかる例です。

リハビリテーション分野ではどうでしょうか。恐らくはほとんどのセラピストが自身が良いと思っている治療プログラムのみを患者に提示し実施しているのではないでしょうか。それこそ、どのような患者に対してもまず徒手療法を施行しているように。

よく勘違いされていますが、ガイドラインエビデンスは医療者だけが使用するものではありません。特にガイドラインにおいては定義の中で「医療者と患者の意思決定を支援する文書」と記載されています。医療という先が不確かな中で医療者は患者が後悔しないように適切に情報を提供し、患者の思いを汲み取り、ガイドラインなどのツールを使用する事で意思決定を行えるようにサポートする事が役割だと考えます。

これが中々難しいのですが、医療の中でも不確実性が高く、選択肢も多数ある中で患者と医療者がどのようにして意思決定を行えばいいかをある程度構造化したShared Decision Making(以下、SDM)という手段があります。

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SDMは治療決定においてエビデンスのみを重視するのではなく、患者を中心としたコミュニケーションを行うことで最適な患者ケアを目指す方法です。

 

5.今後求められるShared Decision Making

 徒手療法を臨床で活用するにあたり重要なことは徒手療法とその他の治療法を同等の選択肢として並べて患者に提示し、患者が徒手療法を望むかもしくは患者の目標達成に向けて徒手療法が最適かを考えることです。

SDMでは実施にあたって9つのSTEPがあります。

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このSTEPに沿って患者と治療内容や方針を話し合い、決定していきます。実際はこの9STEPの前にも「患者との目標共有」「Clinical Questionの設定」「ガイドライン/エビデンスの検索と選択」「内的/外的妥当性の検討」が必要なのですが、今回は割愛します。SDMの詳細な実施例はまた次回以降に書いていきます。

今までの話を総括して徒手療法のメリット/デメリットを考えると以下のようになります。

メリット

  • 受動的な治療法(ストレッチやマッサージ含む)であるため、運動療法などの他の治療よりも比較的実践のハードルが低い
  • 即時的/短期的効果であれば見込め、患者自身も効果を実感として得られやすい
  • マニュピレーション・モビライゼーションはガイドライン上でも実施が推奨される科学的根拠がある(しかし、他の治療と比べて優れているわけではない)

デメリット

  • 長期的な効果が期待できない
  • 施術者の経験・技術によって効果に差がある
  • 患者が依存的になってしまう可能性があるため、治療が長期に及ぶ可能性がある
  • 徒手療法の中でも明確なエビデンスが存在するのは痛み(頚部に対しては眩暈など含む)に対するモビライゼーションとマニュピレーションのみであり、これ以外の症状に対するマニュピレーション・モビライゼーションの実施やそれ以外の徒手療法を行うにあたってはエビデンスが明確になっていない

 

徒手療法においてもSDMのSTEPにある「可能なすべての選択肢を同等のもの」として述べた上で「それぞれの治療法のメリット/デメリット」を伝えましょう。その上で患者が選択すれば初めて治療プログラムに組み込むことに意味が出てきます。

 

6.プロフェッショナルとは

今回のテーマである患者の痛みや身体機能を良くする上で高い徒手技術が必要か」から最後に私の考えを述べさせて頂くと、患者を良くする事に必ずしも高い徒手技術は必要ではありません。

私自身もオステオパシーやBiNI Approachなどで徒手技術を高める事にかなり集中した数年間がありました。特にオステオパシー(JOPA)では、その組織の会長による施術を私が被検者となり実際に受ける事で身体に確かな変化が生まれたのを目の当たりにしています。その会長曰く「神経や脳にさえも自分は介入し、難病を解決できる。実際に病院などにさじを投げられた人たちが自分の所にきて、そういった人たちを助けている。」と。

本当に脳にまでアプローチできるのか?という疑問は置いておき、徒手療法のデメリットとして記載はしましたが、経験や技術によって効果が変わるという事は高い経験や技術を持つ人はもしかしたら科学的には対処のしようがない症状も改善できる可能性はあると考えます。

しかし、それはあくまで適切に手順を踏んだ後に実施するべきだと考えます。セラピスト全員が科学的根拠を無視して、それぞれが信じる治療法を提供してしまうのは患者に益を与えないどころか害さえ与える可能性があります。

例えば、徒手療法の団体では「癌さえ治せる」と謳っている人たちもいます。あなたが癌患者だったとして、担当した医師が外科手術や放射線治療抗がん剤を処方せずに「僕の施術で癌は治るから、抗がん剤なんかいらないよ。」と言われたらどうでしょう?

私なら「そんな怪しい方法じゃなくて、ちゃんと根拠のある治療をしてよ」と思います。しかし、既に末期で現在の医療では手の施しようがないと判断された場合は私の中では科学的根拠は求めるものではなくなり、多少怪しかろうが「もしかしたら治るかも…」と徒手療法でのがん治療を希望するかもしれません。

つまり、患者の思いや背景を考慮し、そして正しい情報を提供した末に患者が徒手療法を選択した時は実施するべきだと思います。そこで高い徒手技術を持っていれば、患者への利益にもなるでしょう。ただ、徒手療法の技術の高さという指標はグレーゾーンだと考えます。

徒手療法の勉強会では神経の滑走性を確認する、髄液の流れが滞っているのを感じてその場所にアプローチする事さえあります。実際に触知出来ている人もいるのでしょう。(私としてはほとんどの人が出来ていないと思っています)

しかし、講師が受講者に触診について教える際にどこからが正確に触知出来ており、どこからが不正確な触知なのかというのは個人の中の判断に委ねられていると感じています。触診についても触れましたが、実際は神経以外の硬さを感じているとしても、施術者が「これが神経の硬さだ」と認識すればそれは神経の硬さになってしまいます。それをまた次の人に伝えた際に更に変質して伝わってしまいます。

つまり、検者間の信頼性に乏しさがあり、本当に介入出来ているのかどうか怪しいものに時間やお金を多大に使ってしまう事を私は推奨しません。

高い技術はあればいいけど、その脆さから絶対的に求められるものではないと思います。なので、必ずしも高い徒手技術は必要でないと考えています。

私たちは医療者であり、プロフェッショナルでなければなりません。

セラピストは確証バイアスに陥りやすい職業です。自分が信じる事のみ心酔して論理的思考を放棄してしまうのはプロフェッショナルとして失格です。

一般的な筋の走行や骨指標を触れる技術は最低限必要ですが、実際に触れているのかも分からない、自分の中で正しく・確実に積みあがっているかも分からないことを高めようとする前に正しいエビデンスの扱い方や患者とのコミュニケーションなどの知識・技術を高める事が先決だと考えます。

患者が良くならない理由は徒手技術に固執する療法士の態度にあるのではないでしょうか。

徒手療法やガイドラインなどのツールや手段に操られるのではなく、プロフェッショナルとして適切にそれらを扱う事が患者を良くするための第一歩だと思います。

 

以上で今回のテーマを終わりにしたいと思います。

ご拝読ありがとうございました。

 

プラセボ効果を再考する

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おはようございます。

 

今回は臨床と切っても切り離せないプラセボ効果について考えていきます。

プラセボ(プラシーボ)効果といえば皆さんも一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。実際には効果のでない薬を服用しても「この薬は効き目がある」と患者が思い込むことで病気の症状が改善する事なんかは有名ですよね。

因みにプラセボ=偽薬を意味します。

因みに逆パターンとしてノセボ(ノシーボ)効果は聞きなじみのない人もいると思います。ノセボ効果は偽薬によって、患者が副作用などの有害性を恐れることで実際に症状が現れてしまう事を言います。

ノセボ=反偽薬を意味します。

何故これらが研究分野だけではなく臨床と切っても切り離せないのか、さっそく考えていきましょう!

 

この記事は以下のような人に向けて書いていきます。

 

◎臨床でプラセボ効果やノセボ効果を意識して管理したことがない人
プラセボ効果・ノセボ効果についてあまり勉強をしたことがない人
◎臨床を行う上でプラセボ効果についての注意点を知らない人

 

目次

[1.プラセボ効果とは]

[2.プラセボ効果の発現条件]

[3.プラセボ効果を左右するコンテキスト因子]

[4.プラセボ効果を臨床に応用する]

 

 1.プラセボ効果とは

 プラセボ効果は医学において大きな関心と議論がなされてきました。「プラセボ」という言葉を使用したのは数世紀前の医学論文であり、最初にプラセボ制御試験が実施されたのは1799年といわれています。「プラセボ効果」という言葉はここ最近から出てきて、今では一般の方々にも少しずつ認知されるようになったのではないでしょうか。

プラセボの古典的意味合いは「患者に利益をもたらすよりも患者を喜ばせるために与える薬」として使用されていました。つまり、不活性(効果のない)薬剤や手順ではあるものの治療の施しようがない患者への善意のごまかしのような存在でした。

しかし、現在では研究が進む事でプラセボが与えられる特定の状況に応じて神経生物学的メカニズムや心理学的メカニズムによって引き起こされるプラセボ反応が特定されてきました。言ってしまえば、実際に脳と身体に影響を及ぼしているということです。

最近では薬理学的前調整による’’条件付け'’と過去の経験などの’’期待’’が合わさる事で免疫システムやホルモン調整システムがプラセボ効果の影響を受けることからパーキンソン病うつ病、呼吸器/心血管系の生物学的モデルの研究が進められています。特にプラセボ効果は「痛みと鎮痛」の分野で発展しており、プラセボ鎮痛反応はプラセボのメカニズムを最もよく理解しているモデルと思われます。

では、プラセボ鎮痛反応から神経生物学的/心理的カニズムの変化を起こす条件をみていきましょう。

 

2.プラセボ効果の発現条件

 プラセボ効果の発現には「良くなるだろう」という期待、「良くなりたい」という欲望、「Positiveな気分」などの感情が必要としている文献もあります。

 

参考文献:Price DD, Finniss DG, Benedetti F. A comprehensive review of the placebo effect: recent advances and current thought. Annu Rev Physiol. 2008; 59: 565-590.

 

特にプラセボ効果には条件付け+期待の相互作用が重要となってきます。つまり、口頭で誘発される期待や患者の期待を形作る条件付けや以前の経験から生じる可能性があります。

1997年にMontgomeryとKrischは条件付けによりプラセボ反応の期待値を生成し、この期待値によりプラセボ反応が起こることから、プラセボ鎮痛作用には意識的な期待が必要である事を示しています。下記は試験内容。

被験者の皮膚にベースラインの機械刺激を与えた。その後、皮膚に不活性クリーム(徐痛効果のないクリーム)を塗り被験者には黙った状態でベースラインよりも低い機械刺激(条件付け刺激)を与えた。その後に2グループに分け、1グループは不活性クリームを皮膚に塗りベースラインの機械刺激を与えると痛みの著しい軽減を報告した。もう1グループには「さっきのは特に効果がないクリームで、ワザと刺激の強さを弱めた」事を伝えた上で不活性クリームを塗りベースラインの機械刺激を与えると痛みの軽減の報告はなかった。

 

参考文献:Montegomery GH, Kirsch I. Classical conditioning and the placebo effect. Pain, 01 Aug 1997, 72(1-2): 107-113.

 

期待による鎮痛作用は実際にオピオイド神経ネットワークを活性化させます。1999年にBenedettiらは内因性オピオイドが鎮痛を期待している部分にだけ効果を発揮することから、内因性オピオイドは高度に組織化された体性ネットワークが期待、注意、および身体スキーマとリンクしている事を示唆していると報告しています。

 

参考文献:Benedetti F, Arduino C, Amanzio M. Somatotopic activation of opioid systems by target- directed expectations of analgesia. The Journal of Neuroscience, 01 May 1999, 19(9): 3639-3648.

 

また、オピオイドシステムだけでなくドーパミン/エンドカンナビノイド/セロトニンシステムも実際にプラセボ効果で活性化されます。

 

参考文献:Munnangi S, Sundjaja JH, Singh K, et al. Placebo Effect. [Updated 2020 Sep 9]. In: StatPearls [Internet].Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 2020 Jan-.

 

つまり、プラセボ効果を得るには口頭による提案や過去の経験からその人が「この薬や治療は効くぞ!」と意識的に期待をしている事で実際に身体への変化が起こるということです。

しかし、最近では「プラセボ」という言葉の認知が世間の中で進み、プラセボと分かっていても効果が得られるようになってきています。

臨床試験において被験者がプラセボ効果について(プラセボでも効果があると)知っていれば、プラセボ群はコントロール群としての役割を果たさなくなります。そのため、介入群とプラセボ群の間に差がなかったとしても「この介入に効果はない」と解釈するのは誤りとなり、あくまで「プラセボと同等の効果しか得られなかった」という解釈になります。 

以上のようにプラセボ効果はまやかしなどではなく、条件付けと期待を組み合わせる事で実際に身体や脳システムへの変化を起こす事ができます。 

 

3.プラセボ効果を左右するコンテキスト要因

 プラセボ効果による鎮痛反応を発揮するにあたりコンテキスト(文脈)要因が重要となってきます。このコンテキスト要因は条件付け、口頭による提案、医療者側の行動などが含まれます。これらの要因はプラセボ効果自体にかなりの影響を与えます。

Giacomo Rossettiniらはナラティブレビューにて臨床におけるコンテキスト要因の重要性を報告しています。「治療結果はコンテキスト要因の様々な変数間(セラピスト、患者、医療環境等)の相互作用の複雑で予測不可能な非線形の結果である」とし、臨床におけるコンテキスト要因を以下のように示しています。

1)セラピストの特徴

  • プロフェッショナリズム(専門知識、資格、評判、教育、調整)
  • 考え方(行動、信念、期待、以前の経験)
  • 外観(服装、制服、白衣、信頼性)

2)患者の特徴

  • 考え方(期待、以前の経験、治療歴、好み、欲望、感情)
  • ベースライン(症状のレベル、併存症、健康状態、性別、年齢)

3)患者とセラピストとの関係性

  • 口頭によるコミュニケーション(肯定的なメッセージ、声の調子、積極的な聞き取り、サポートと励ましの提案、言語の相互関係、暖かさ、注意、ケア、共感の相互作用)
  • 非言語的コミュニケーション(アイコンタクト、思いやりのある表情、笑顔、姿勢、ジェスチャー、頷き、前傾、オープンボディオリエンテーション) 

4)治療の特徴

  • セラピータッチ(感情的、共感的、情緒的)
  • モダリティ(侵襲性のレベル、オープン/明白なアプリケーション、観察/社会的学習)
  • 病理学(個別化治療、同じセラピストによる治療、清潔さ、適切な診察時間、時間厳守、患者の予約の柔軟性、タイムリーで効率的な治療、適切な頻度・期間)
  • マーケティング(フォローアップ、ブランド、賞品、新規性、儀式)

5)ヘルスケアの設定機能 

  • 前向きな気晴らし(自然光、低ノイズレベル、リラックスできる柔らかい音楽、心地よい香り、適切な温度)
  • 補助的な表示(非常に目立ち読みやすい看板、駐車場情報、アクセス可能な入り口、明確で一貫した口頭または書面による指示、案内所およびアクセス可能な電子情報)
  • 快適な要素(窓と天窓、プライベートな治療設定、サービスへのアクセスへの良さ、便利な診療時間、場所、駐車場、利用可能な親しみやすいサポートスタッフ)
  • 装飾と装飾品(自然のアートワーク、緑の植物、花、水、植物、庭、色)

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参考文献:Rossettini G, Camerone EM, Carlino E, Benedetti F, Testa M. Context matters: the phychoneurobiological determinants of placebo, nocebo and context- related effects in physiotherapy. Arch Physiother. 2020; 10: 11. Published 2020 Jun 11.

 

 確かに臨床経験上同じ患者に同じセラピストが同じ介入をしてもその時々で治療結果が変わる場面に遭遇します。例えば、「同じ介入を昨日と今日で実施したら、昨日より今日の方が患者の痛みが良くならなかった。」なんて事は大なり小なりセラピストであれば感じた事はあるのではないでしょうか。

これがコンテキスト要因間の相互作用における非線形の治療結果なのであれば完全に制御する事は適わなくても、このコンテキスト要因を如何に管理するのかを意識して臨床に挑む事はかなり大切になってくると考えます。

特に私たちは人を相手にしている仕事である以上、社会人/医療人としての最低限のマナーや身なり、礼節を持った上でプロフェッショナリズムに則って 患者に対して理学療法/作業療法を提供していく必要があります。これらがきちんと管理出来ていないセラピストは知らず知らずの内に患者に対してノセボ効果を誘発し、不必要な痛みを引き起こしている可能性さえあります。

 

4.プラセボ効果を臨床に応用する

 さて、プラセボ効果を管理し臨床で応用することが何故必要なのでしょうか。先にも出てたGiacomo Rossettiniらは「プラセボ反応が低いと治療の反応性も低くなり、より多くの医療が必要となる」としています。基本的にどのような手技や治療方法に関してもプラセボ効果(もしくはノセボ効果)は付随しており、完全に取り除く事は困難と考えます。そのため、如何にしてノセボ反応を抑えプラセボ反応を効果的に扱うかが重要となってきます。下記にプラセボ効果を臨床で応用する際の注意点を述べていきます。

 

≪問診の重要性≫

 まずは患者にとってのそれぞれの肯定的なコンテキスト要因(Positive context factor)および否定的なコンテキスト要因(Negative context factor)を知る事が大切です。プラセボは学習反応のため患者の過去の治療経験に対する記憶・期待・感情を知らなければなりません。例えば、過去に腰痛に対し電気治療を施行された患者が2名(A,B)いるとします。

Aさんは以前電気治療を受けて、腰痛を改善した経験を持ちます。

Bさんは以前電気治療を受けましたが、身体に合わなかったのか治療中も痛みを感じるだけで腰痛も良くならず逆に痛みが増悪してしまった経験を持ちます。

この場合、同じ治療法であっても電気治療はAさんにとってはプラセボ効果として治療効果の反応が高いかもしれませんが、Bさんに関しては過去のトラウマから負の感情や痛くなるだろうという不安、嫌な記憶がよみがえります。そうすると治療効果が低いどころかノセボ効果により痛みを強くしてしまう可能性があり、これがBさんにとって電気治療は害悪であるという信念が形成されます。

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これらが期待+条件付けによるプラセボ効果/ノセボ効果の発生条件の違いとなります。このため、問診にて患者の以前の経験を聞き、患者自身の話をするための十分な時間を与え、期待と信念を評価する事が必要となります。特に治療に関しては過去にどんな施術や治療を受けて症状が良くなったか、悪くなったかを質問する事が重要です。

いくらエビデンスレベルが高かろうが、過去に様々な患者の症状を取り除いてきた自信のある手技・治療であろうが患者自身がその治療に対し期待が持てず過去にあまり良い経験がない場合は恐らくはその効果は十分に得られないでしょう。

 

≪医療者に必須のリテラシー能力≫

 プラセボ効果についてここまで書いてきましたが、みなさんの頭の中にこんな考えが思い浮かんでいないでしょうか。

「効果がないかもしれない治療を効果的に魅せるために言葉巧みに期待を持たせればいいってこと?それってちょっと微妙じゃない?」

全くその通りだと思います。

しかし、この「ある疾患に対しての治療効果を医学的根拠に基づいて治療選択を行っている」セラピストは多くないように感じます。

例えば、こんな患者がいたらどうしますか。

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この水素水の癌への効果は実際に動物実験レベルで実証したとして学術誌にも載っています。

 

参考文献:J Runtuwenw et al. Hydrogen-water enhances 5- fluorouracil- induced inhibition of colon cancer.Peer J. 3: e859; Doi 16,7717/Peer J.

 

その他にはパーキンソン病に効果があった、糖尿病に効果があった(いずれも基礎実験/動物実験レベル)などもあります。

医療者としてどのように判断するべきでしょうか。あなたならどのように判断しますか?

上の患者に対し「じゃあ、抗癌剤をやめて水素水を飲んで治しましょう!」と判断する医療者は少ないと思います。ほとんどが「怪しすぎでしょ!」「本当かよ!?」など懐疑的な意見を持つ人が多いと思います。

ここで人への治療実績もほとんどなくエビデンスが確立されていない水素水を治療選択し、仮にプラセボ効果があったとしてもそれだけではもちろん癌は治りません。それどころか適切な医療を受ける機会を失ってしまい、患者への損失に繋がってしまいます。

 ここまで極端な例だと「水素水で癌が治る?そんなわけない、怪しいよ!」と思う人が多いのですが、普段の臨床では盲目的に自身の徒手療法(トリガーポイント、筋膜リリース、オステオパシー等々)や独自の治療法(○○流○○術など)の効果を信じているセラピストは多いのではないかと感じます。実際にTwitterなどでも「腰痛にはファーター乳頭のリリースが効果的」なんて投稿もざらに見かけます。もちろんエビデンスは個人の経験によるもののみです。

適切な身体検査や臨床推論を行わず、ガイドラインも確認せず、その時の流行りの手技に傾倒する事は正しい治療選択をしているとは言えません。

誤解を恐れずに言うと、自身が勉強している/したことのある知識・技術のみを活用し、それが効果的であると信じ込ませる事で目の前の患者を良くした気になっているセラピストははっきり言って水素水と同じレベルです。

つまりプラセボ効果を扱う上でセラピストはコンテキスト要因を良心的かつ倫理的に管理して、プラセボを強化し、患者の利益のために補足的な治療戦略として意識的にコンテキスト要因を使用していく必要があります。

具体的には以下の行動が必要です。

  1. インターネット、SNS、TVで配信される誤った医療情報を回避させるため、エビデンスに基づき患者と話す
  2. 治療の選択及び治療目標への患者の関与を促す様々な治療オプションを提案する必要がある
  3. 患者によって相談スタイルを個別化し、技術的な接触を最小限にするため、特定の治療の有効性にてついて効果的に情報を提供する

 

参考文献:Rossettini G, Carlino E, Testa M. Clinical relevance of contextual factors as triggers of placebo and nocebo effects in musculoskeletal pain. BMC Musculoskeletal Disorders, 22 January 2008, 19(27): 1-15.

 

3.の効果的に情報を提供するとは、インフォームドコンセントのプロセスで提案した治療に対する肯定的な臨床転機に関する情報と副作用など否定的な情報のバランスを取りながら患者に伝えることを指します。

上記の1.~3.は、いわゆるShared Decision Making(SDM)ガイドラインなどを活用しつつ行うことが推奨されていると私は考えます。SDMに関してはまたブログで別の機会にお話が出来ればと思います。

 

さて、プラセボ効果についてまとめますと

  • プラセボ(ノセボ)効果はどの治療でも必ずついてまわる
  • プラセボ(ノセボ)効果の発生には期待+条件付けが必要
  • 患者の過去の治療経験や信念を聞いておこう
  • EBMに則って双方向性に意思決定が行えるように医療者が関わる必要がある
  • 臨床では良心的かつ倫理的にコンテキスト要因を管理してプラセボを効果的に使おう

 

臨床ではコンテキスト要因を管理できてこそ一流のセラピストだと思います。是非、明日から意識して臨床に挑んでみましょう。

 

それでは、以上でプラセボ効果についての再考を終わりとさせて頂きます。

ご拝読頂きありがとうございました。

 

バイオメカニクス、アナトミートレインを再考する

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おはようございます。

 

今回は臨床の中で治療方針を決める際によく使用されるバイオメカニクスとアナトミートレインについて考えていきます。

これらは患者の問題点を考える上で非常に使いやすく魅力的に見えます。みなさんも臨床で実際に活用し、患者の動作や痛みに対して効果を発揮していると感じた事があるのではないでしょうか。

私も過去にはよく臨床で「バイオメカニクスの観点」から「筋膜連鎖の観点」から問題点を絞っていき、治療方針を決めていました。しかし、臨床では患者の問題点を評価し、治療する際に(特に痛みにおいて)バイオメカニクスやアナトミートレインが妄信され、その他の要因をあまり考慮されていない印象があります。

本当にバイオメカニクスやアナトミートレインは患者の動作や痛みを考える上で有効なのでしょうか。

 

この記事は以下のような人に向けて書いていきます。

 

◎アナトミートレインやバイオメカニクスを勉強し、臨床で活用している人
◎アナトミートレインやバイオメカニクスについて批判的に考えたことがない人
◎問題点を考える上でアナトミートレインやバイオメカニクスなどの構造因子以外から臨床の思考展開を行なっていない人

 

目次

[1.アナトミートレインは実証されていない]

[2.運動や痛みの複雑さはバイオメカニクスのみでは語れない]

 

 1.アナトミートレインは実証されていない

 アナトミートレインといえばThomas W. Myersが執筆し、日本では理学療法士である板場英之先生や石井慎一郎先生が訳したこちらの書籍が有名ではないでしょうか。

lohaco.jp

 さて、アナトミートレインを語る上でまず確認をしておきたいのがアナトミートレインはThomas W. Myersが考えたモデル(概念)であるということです。筋膜のモデルとして「biotensegrity model:生体力学モデル」「fascintegrity model:筋膜モデル」「fascia chain:筋膜連鎖」があります。アナトミートレインに関しては上記の概念の中でも「fascia chain:筋膜連鎖」に当たると思われます。

ブルーノとトーマスが執筆した文献「理論的な筋膜モデルのレビュー」では筋膜連鎖を以下のように記しています。

筋膜連鎖は、身体の連続性の概念を完全に反映している。

~中略~

筋膜連鎖の概念、つまり収縮性のある領域の緊張は反響を及ぼし、遠く離れた他の領域に影響を及ぼし、理学療法からヨガ、スポーツから瞑想まで、さまざまな分野で使用される。

参考文献:Bordoni B, Myers T ( February 24, 2020 ) A Review of the Theoretical Fascial Models: Biotensegrity, Fascintegrity, and Myofascial Chains. Cureus 12(2): e7092. doi: 10. 7759/ cureus. 7092

 

 トーマスによって考案された解剖学的な筋走行のラインを電車の線路に見立てて、アナトミートレインと呼んでます。

その中には頭皮筋膜から胸鎖乳突筋ー腹直筋ー大腿四頭筋を経て短趾伸筋に走行するSFL(Superficial Front Line:浅前線)や広背筋ー大殿筋ー外側広筋を走行するFL(Functional Line:機能線)などがあります。

1814年から今までに筋膜連鎖に関する研究は多くなされてきています。

 

こちらのシステマティックレビューでは6つの筋膜経線の存在を証明するために筋肉構成要素間の形態的連続性と人間解剖学的研究の計62件の文献をレビューしており、以下のように証拠を示しています。

浅前線(SFL):7つの研究があったが、検証された筋膜連続性はなかった

浅後線(SBL):14の研究に基づく強い証拠がある

後機能線(BFL):8つの研究に基づく強い証拠がある

前機能線(FFL):7つの研究に基づく強い証拠がある

ラセン線(SPL):21の研究に基づく中等度の証拠がある

ラテラル線(LL):10の研究に基づく中等度から強い証拠がある

 

SBL、BFL、FFLは広範な構造の連続性が明確に確認された

SPL、LLに関しては所見があいまいであり、両ラインの連続性の半分程しか確認が出来なかった

参考文献:Jan Wilke, Frieder Krause, Lutz Vogt, Winfried Banzer. What is Evidence- Based About Myofascial Chains: A Systematic Review. Archives of physical Medicine and Rehabilitaion. 2016 Mar: 97(3): 454-461.

 

どうやら筋膜の連続性を明確に確認出来たのはSBL/BFL/FFLのみに留まり、この中でもFFL(前機能線)に関しては大胸筋-対側腹直筋と腹直筋-対側内転筋はしっかりと確認できているようです。

しかし、SBL(浅後線)で確認出来たとしているのは腰椎筋膜/脊柱起立筋-ハムストリングスハムストリングス-腓腹筋腓腹筋-足底腱膜のみであり、頭皮筋膜、帽状筋膜-後頭下筋群から脊柱起立筋への連続性の証拠はありません。

BFL(後機能線)は広背筋-腰筋膜(表層)、腰筋膜(表層)-大殿筋の連続性は確認されていますが、大殿筋-外側広筋の連続性が確認出来たのは6検体中2検体のみとなっています。

 

またこちらの2016年に発表されたシステマティックレビューでは筋膜連鎖の中でも浅後線(SBL)、後機能線(BFL)、前機能線(FFL)に関しての9つの研究をレビューしています。このレビューでは以下の証拠を示しています。

SBLでは、足底腱膜とアキレス腱、骨盤の動き/ハムストリングス腓腹筋に力の伝達あり(中等度の証拠)

BFLでは大殿筋と外側広筋の伝達を示す研究はなく、広背筋と対側大殿筋に力の伝達あり(中等度の証拠)

FFLでは腹直筋と大胸筋の間の張力伝達を調べた研究はなく、内転筋と対側遠位腹直筋鞘の力の伝達は確認されるも有意ではない

つまり、隣接する筋膜構造の一部の間において筋間伝達力があると考察で述べています。

参考文献:Frieder Krause, Jan Wilke, Lutz Vogt, Winfried Banzer. Intermuscular force transmission along myofascial chains: a systematic review. Journal of Anatomy. 2016 Jun; 228(6): 910-918.

 

以上のシステマティックレビューから言えることは、アナトミートレインの中でも筋膜連鎖の存在を示す証拠は6つの筋膜経線の中の一部のみで、更にその筋膜経線上で力の伝達が確認されているのはより限定的な一部分(隣接する組織)に留まっています。

つまり、ある点から遠位(例えば、頭部から足部)への筋膜連鎖による筋間伝達力を証明するエビデンスは今のところないと言えます。それでも筋膜連鎖は遠位への介入を可能とすると示す研究もあります。

例えば、こちらの研究は筋膜連鎖による予備的証拠として、腓腹筋ハムストリングスの静的ストレッチを実施し、頸部の可動域が介入前後で有意に改善したと報告しています(143.3±13.9から148.2±14°、P<0.05)。

参考文献:Jan Wilke, Daniel Niederer, Lutz Vogt, Winfried Banzer. Remote effects of limb stretching: Preliminary evidence for myofascial connectivity? Jurnal of sports sciences. 2016 Nov; 34(22): 2145-2148.

 

確かに下腿後面筋の柔軟性向上により頸部のROMが向上したと言えますが、これが筋膜連鎖の影響であると言うには疑問が残ります。もちろん筋膜において交絡因子や他の要素をすべて考慮することは性質上困難ではありますが、この結果に関しての解釈は慎重に行うべきだと思います。

このような解釈は臨床でもよく聞かれます。

例えば「右足首の可動域制限(もしくは痛み)に対して左前鋸筋の滑走性が低下していると判断し、左前鋸筋に介入した結果右足首のROM(もしくは痛み)が改善した。これはSPL(Spiral Line:ラセン線)に対して介入した結果である。」

これは本当にそう言えるのでしょうか。結果として関節可動域が改善したとして、

果たして本当に筋膜に介入した結果なのでしょうか?

そこに本当に筋膜の繋がりはあるのでしょうか?

筋膜の繋がりがあったとして本当にその効果は狙った場所に届いているのでしょうか?

そもそも本当に筋膜に介入できているのでしょうか?

筋膜や筋膜連鎖から臨床推論を行う上であまりこれらの事を考慮しているセラピストは少ないように感じます。

実際に超音波エコー等の機器を活用し自身の筋膜介入への効果を確認していなければ、それは実際には存在しない各個人が信じる「筋膜連鎖による治療効果」という妄想に留まるのではないでしょうか。

私たちが臨床を行う上で評価や介入の結果を解釈する時、まだしっかりと実証されておらず実際に介入が出来ているか不明な筋膜連鎖を軸とした臨床推論を行うのは気を付けた方がいいかもしれません。

 

2.運動や痛みの複雑さはバイオメカニクスのみでは語れない

 バイオメカニクスは書籍や講習会も多くあり、臨床推論で活用している方も多いのではないでしょうか。私もここ1、2年前まで動作分析、触診、動作メカニズムの評価から臨床推論を行い、治療方針を決定していました。私が知っている中で一番理解しやすく臨床活用しやすいのは石井慎一郎先生の著書であるこちらの書籍です。

honto.jp

上で紹介した書籍にならえば、起立時の離殿困難な症例であればまずは問題のある相を決定し、臀部離床に必要なメカニズムのどこにエラーがあるかを評価し問題点を見つけていきます。問題点を見つければそこに介入し、介入前後の動作を確認する といった感じです。

確かに運動を「関節モーメント」「靭帯などの結合組織の弾性」「筋/腱が生み出す作用」「位置エネルギー」で捉える事で運動の問題点を整理し改善に繋がる部分は大いにあると思います。しかし、バイオメカニクスはその難解性から一見論理性が高く思われるため必要以上に症状と関連付けされていると考えます。

例えば、よくバイオメカニクスの視点から疼痛の原因を抽出している場面に遭遇します。いわゆるメカニカルストレスです。こちらの文献は骨盤傾斜や脚長差などの機械的要因と腰痛発生率との関係を報告しています。

腰椎の前彎角度、骨盤傾斜、足の長さの不一致、腹筋/ハムストリングス/腸腰筋の長さなどの機械的要因は腰痛の発生に関連していない。

背筋伸展筋の持久力は腰痛との関連を認めた。

参考文献:Mohammad Reza Nourbakhsh, Amir Massoud Arab. Relationship between mechanical factors and incidence of low back pain. Journal of Orthopaedic and Sports Physical Therapy. 2002 Oct; 32(9): 447-460.

 

痛みの原因をバイオメカニクスで考える傾向はセラピスト界隈で強く見受けられます。しかし、この文献のように近年ではこういった生体力学などの構造因子は痛みに直接関連せず、関連していても非常に影響は小さい事を示すエビデンスが次々と報告されています。

こちらの文献ではシステマティックレビューとメタアナリシスによりバイオメカニクスの要素を取り入れた運動介入の腰痛への効果を以下のように述べています。 

慢性腰痛に対して運動介入が推奨されており、すべての運動タイプは最小限/受動的/保守的/介入なしと比較して効果的であるように見えますが、特定の種類の運動が他よりも優れているという証拠はありません。したがって、患者の好みや能力に合わせてエクササイズを選ぶことをお勧めします。運動介入を心理的要素と組み合わせると、効果が向上し、長期間にわたって維持されます。

つまり、慢性腰痛に関しては何もしないよりは運動した方がいいけどバイオメカニクスだろうがなんだろうが運動の種類の間に効果の差はないよ。むしろ心理的要素の組み合わせが重要だから、相手のモチベーションを高めるために患者にあった運動を選ぶといいよ ということを言っています。

参考文献:Malfliet A, Ickmans K, Huysmans E, et al. Best Evidence Rehabilitation for Chronic Pain Part 3: Low Back Pain. J Clin Med. 2019;8(7):1063. Published 2019 Jul 19. 

 

 こちらは膝蓋大腿痛(PFP)を持つ女性に対し、運動恐怖症または膝関節伸展筋力が階段降段時の運動パターンと関連しているかを調べた研究があります。この文献では以下のように示しています。

膝伸展筋力は階段降段時のケイデンス、膝屈曲ピークとの相関は見られなかった。

運動恐怖症は階段降段時のケイデンス、膝屈曲ピークと有意に相関していた。

参考文献:Danilo de Oliveira Silva et al. Kinesiophobia, but not strength is associated with altered movement in women with patellofemoral pain. Gait Posture. 2019 Feb; 68: 1-5.

 

バイオメカニクスの観点から階段降段を考えると膝関節には伸展モーメントが求められます。特に段差が高くなれば支持側下肢が膝折れしないようにより大きな膝関節伸展モーメントが必要です。つまり、大腿四頭筋の遠心性収縮が必要となるわけです。

しかし、この文献では階段降段時のケイデンスや膝屈曲角度ピークと膝関節伸展筋力との関係は薄く、むしろ心理的要因である運動恐怖症が動作に影響している事を示しています。

更に皆さんもご存知の通り人の身体構造は個別性がある事が報告されています。バイオメカニクスでは姿勢観察や触診から問題点を分析する事も少なくありません。こちらの文献では骨盤の個別性や非対称性に関して報告しています。

水平線とASIS-PSISを結ぶ線で骨盤の傾きの角度を計測した際に骨盤傾斜は0°~23°と個体差が認められた。

また、個体内のASIS-PSIS傾斜の左右差は-6°~5°の範囲で認められた。

この報告は姿勢や触診から問題点を考える場合、評価の信頼性を揺るがす結果です。個体差を考慮しつつ、姿勢などからバイオメカニクス的観点で問題を抽出するのは至難の業と言えるのではないでしょうか。

参考文献:Preece SJ, Willan P, Nester CJ, Graham-Smith P, Herrington L, Bowker P. Variation in pelvic morphology may prevent the identification of anterior pelvic tilt. J Man Manip Ther. 2008; 16: 113-117.

 

 

このようにバイオメカニクスを使用して痛みを捉えたり、バイオメカニクスのみで動作の問題点を捉えるのは不十分さを感じます。

バイオメカニクスは痛みをBio-Phyco-Social(生物心理社会)モデルで捉えた場合に一要因しかみていません。これは痛みの定義に反してしまいます。

運動に関して言えば必要な身体機能(関節可動域改善、筋力向上、姿勢)が改善すれば、その運動は比例して良くなっていくのでしょうか?

恐らくはそんな単純ではないと思います。人の運動は非線形であり、身体⇆脳神経⇆環境の相互作用により運動が生成されます。だからこそ、人は環境の不確定性に対応できます。(人が何故環境に対応出来るのかに関してはまた別の機会に記します。モチベーションがあれば…)

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運動生成は非線形であり、かなり複雑

例えば、幅20cmの平均台の上を歩くとして

A :地面から50cmの高さ

B :地面から50mの高さ

このA .Bの条件を変わらない運動パフォーマンスで行えるという人はあまりいないと思います。私だったらBの条件だと「落ちたら死ぬ」と思い、平均台の20cmの幅が細く思えて足下を注視し、腰を曲げ、足を擦り、亀のようにのろく足を震わせながら情けない姿で渡るもしくは動くことすら出来ないかもしれません。

しかし、臨床ではこれらの事はどの程度考慮されているのでしょうか。先のPFPの階段動作の文献からも心理的要因の方が動作に関連していた事を考えると、

足下を見ながら歩く患者に「前を向いて歩いて!」

足を揃えながら歩く患者に「足を大きく出して!」

この動作指導自体に意味があるとは思えません。前を向けば、交互歩行にすればバイオメカニクス的観点では改善と言えるのかもしれませんが、運動の改善ではありません。根本は何も変わっておらず、理学療法の時間が終われば元の動作に戻ってしまいます。

運動とは結果です。何故患者がそのように運動を行なっているか評価を行い原因を考えなければ患者は場所や介助者などの環境の変化に対応出来ず、出来るADLとしているADLの剥離は大きくなるばかりです。

臨床では運動を多因子(身体的要因、心理的要因、社会的要因、脳神経系、環境)で捉え、バイオメカニクス一辺倒な介入は避けるべきだと考えます。

 

以上でアナトミートレインとバイオメカニクスについての再考を終わりとさせて頂きます。

ご拝読頂きありがとうございました。

 

 

 

痛みについて再考する。

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おはようございます。

 

今回は臨床で何度も遭遇する≪痛み/疼痛:Pain≫について考えていきます。

≪痛み≫と聞くと苦手意識がある方も多いのではないかと思います。患者さんにとってもセラピストにとっても頭を悩ませるものですよね。

 

私も臨床を行う上で≪痛み≫に関してかなり悩まされてきました。

しかし、最近になって≪痛み≫というものについて学びなおす機会があり、≪痛み≫を知ることで今までの自分の痛みについての常識や価値観、概念がぶち壊されました。

この固定概念が崩れることで臨床でも少しずつ結果がついてくるようになりました。

具体的にいうと見当違いな方向で悩むことがなくなり、自分が次に何をすればいいのかが見えるようになりました。

痛みについて日ごろから悩んでいるあなた!

そんなあなたの痛みについての常識をぶち壊すのが今回の記事の目的です。

 

この記事は以下のような人に向けて書いていきます

 

◎痛みについてそもそもあまり勉強をした事がない人

◎患者さんの痛みを自分が上手く介入して取り除く事ができないと悩んでいる人

◎その場では痛みを直せても効果が持続しないと悩んでいる人

◎自分には痛みを取りきれるような技術がまだないと思っている人

◎痛みを取り除くために何をすればいいのか分からないという人

 

目次

[1.痛みを治すのに必要なのはゴッドハンドなのか?]

[2.痛みの定義]

[3.私たちは痛みについて正しい知識を教えてもらっていない!?]

[4.BPSモデルについて]

[5.破局的思考と運動恐怖症]

[6.恐怖回避行動を脱却せよ]

[7.痛みを重症化させないためにセラピストが患者に提供するべき2つの事]

 

1.痛みを治すのに必要なのはゴッドハンドなのか?

  最近、巷で○○法や○○流などの俗にいうゴットハンドによって痛みをたちまち取り除いてしまう!めちゃすごい!みたいな宣伝が多い印象があります。個人的には中にはうさんくせーなーと思うものもあったりしますし、私自身ゴットハンドになりたいとは思いませんでしたが、やはり痛みを取り除くためにはオステオパシーや筋膜マニュピレーションなど高い徒手技術や触診技術が必ず必要だと思っていました。

なので、「患者さんの痛みが取れない(取りきれない)もしくはその場では痛みを取れるが効果が続かない。これは自分の技術が不足しているからだ!」と思い、ひたすら触診やテクニック系の勉強会に参加していました。

みなさんも心当たりはありませんか?

 

しかし、これは本当なのでしょうか?

 2014年にランダム比較試験(RCT)で脊椎マニュピレーション(SMT)を腰痛のある人に対して介入し、SMTは痛みの減弱に関連しているかを調べた研究報告があります。

この研究結果ではSMT介入群は介入直後にコントロール群とプラセボ群よりも有意に疼痛感受性の低下を示しましたが、2週間後にはコントロール群、プラセボ群と比較しても腰痛の程度や日常生活における制限(オスウェストリー障害指数)に有意差は認められませんでした。

 

参考文献:Bialosky JE, George SZ, Horn Me at al. Spinal manipulative therapy-specific changes in pain sensitivity in individuals with low back pain(NCT01168999). J. Pain15(2), 136-148 (2014).

 

 同じSMTの研究報告で1986年に健常男性に対してSMTを介入した際のβ-エンドルフィンへの影響を調べたコントロール研究があります。

こちらの結果では介入後SMT群は+5分の時点でのみプラセボ群、コントロール群と比べてわずかながら有意にβ-エンドルフィンの増加を示したとの報告があります。

 

参考文献:Vernon HT, Dhami MS, Howley TP, Annett R. Spinal manipulation and beta-endorphin: A controlled study of the effect of a spinal manipulation on plasma beta-endorphin levels in normal males. J. Manipulative Physiol. Ther. 9(2), 115-123 (1986).

 

 またこちらも少し古いですが、2005年に健常者に対してオステオパシー(OMT)の手技による内因性カンナビノイド(脳内鎮痛物質)への効果を調べた研究があります。

こちらはOMT群とコントロール(偽治療)群をランダムに振り分け、1セッション20分にて治療前10分と治療後20分に採血を行いました。結果としてOMT群ではアナンダミド(AEA:快感などに関係する脳内麻薬の一つと考えられ、中枢神経および末梢に対して多様な機能を持っている)が介入の前後で168%(2.99pmol/ml→8.01pmol/ml)の増加を認めました。

しかし、この研究では群間にAEA増加量に有意差は認めず、採血も短い間隔で行っているためOMTの長期的効果を示すものではありません。

 

参考文献:Mcpartland JM, Giuffrida A, King J et al. Cannabimimetic effects of osteopathic manipulative treatment. J. Am. Osteopath. Assoc. 105(6), 283-291 (2005).

 

 以上の研究結果からも分かるとおり、痛みに対する手技の効果は即時的には認められるものの長期効果を示す報告は私が知る限りでは見当たりません。

更に研究では手技によるβ-エンドルフィンや内因性カンナビノイドなど脳内の鎮痛物質の作用が痛みを軽減させることには言及していますが、手技によって身体の構造を変化させ痛みを軽減させたなどの研究報告はあまり見当たりません。これは何故でしょうか?

これを理解するためにはまず痛みの定義を知る事が必要です。

 

2.痛みの定義

  2020年7月に国際疼痛学会(International Association for the Study of Pain:IASP)が痛みの定義の改定を発表しました。

 

【定義】

実際のまたは潜在的な組織の損傷に関連した、またはそれに類似した不快な感覚および感情的な経験

( 原文:An unpleasant sensory and emotional experience associated with, or resembling that associated with, actual or potential tissue damage. )

 

 さらに6つの注釈があります。

1)痛みは常に個人的な経験であり、生物学的、心理学的、社会的要因によって程度の差はあるが影響を受ける。

(原文:Pain is always a personal experience that is influenced to varying degrees by biological, psychological, and social factors.) 

2)痛みと侵害受容は異なる現象である。痛みは感覚ニューロンの活動だけから推測することは出来ない。

(原文:Pain and nociception are different phenomena. Pain cannot be inferred solely from activity in sensory neurons.)

3)個人は人生経験を通じて、痛みの概念を学習する。

(原文:Through their life experiences, individuals learn the concept of pain)

4)痛みとしての体験に関する報告は尊重されるべきである。

(原文:A person’s report of an experience as pain should be respected.)

5)通常、痛みは適応的な役割を果たすが、機能や社会的・心理的な幸福に悪影響を及ぼす可能性がある。

(原文:Although pain usually serves an adaptive role, it may have adverse effects on function and social and psychological well-being.)

6)言葉による説明は、痛みを表現するいくつかの行動の一つに過ぎず、コミュニケーションがとれないからといって、人間または、人間以外の動物が痛みを経験する可能性を否定するものではない。

(原文:Verbal description is only one of several behaviors to express pain; inability to communicate does not negate the possibility that a human or a nonhuman animal experiences pain.) 

 

参考文献:Raja, Srinivasa N at al. The revised International Association for the study of pain definition of pain concept, challenges, and compromises. Pain 2020; 1-7.

 

 さて、この定義と注釈から分かることは「痛み≠痛覚」であること、そしてその人個人の背景によっても痛みの程度が変わることを指し示しています。

これは必ずしも痛みがある所には何か身体的な問題があり、そうでなければ心理的な問題があると考えるセラピストの概念を覆してしまう定義です。

これって衝撃を受けませんか?

だって、今まで患者さんが痛みをあると訴えてきた時に

「ああ、それはここの筋肉が硬いからですよ」とか

「この関節が動いていないから(代わりにここが動いて)痛みがあるんですよ」もしくは

「痛いと思っているから、痛みに気を取られちゃうから痛く感じるんですよ」なんてセリフでほとんどのセラピストは患者さんに痛みの説明をしているのではないかと思います。

これが適切じゃないよ!!って事をIASPは言っているわけです。

私も痛みについての勉強を始める前は自信満々にこのセリフを言っていました。今思えばかなり大変なことをしでかしていたんですが...

この原因の一つとして私たちはそのように(痛み=身体損傷もしくは痛み=心理的問題だよと)痛みを習うことにあると思います。

 

3.私たちは痛みについて正しい知識を教えてもらっていない!?

 養成校では解剖学、生理学、運動学を始めそれぞれの専門性に沿った内容を勉強していきます。私が養成校に在学していた頃は痛みに関する勉強は神経生理学の中での痛覚伝導路や解剖生理学における炎症所見くらいだったはずです…たぶん…

この知識で患者さんの痛みを考えると確かにデカルトが唱えた心身二元論から痛みを考察したくなります。心身二元論的に痛みを考える場合には「どこか身体に問題がある」「身体に問題が無ければ心理的な問題である」と原因をそれぞれ身体的もしくは心理的な側面のみで問題を考えてしまいます。これは先程の痛みの定義に反する考え方です。

 現に2011年に「徒手および理学療法における姿勢-構造-生体力学モデルの崩壊」というタイトルで痛みと身体構造の関連性に疑問を投げかけている論文があります。

この論文では以下の姿勢に関することが触れられています。

・骨盤傾斜/非対称性、外側仙骨底角と腰痛に相関はない

・長時間の立位、屈曲、捻転、ぎこちない姿勢(ひざまついたり、しゃがんだり)、仕事中の座位姿勢、長時間の座位と休憩中のような姿勢を含む、仕事と関係した姿勢と腰痛の間に関連性がない

・妊娠中の脊椎前弯、矢状面における明らかな骨盤の前傾増加は背部痛との関連は示されていない

 

参考文献:Lederman E. The fall of the postural-structural-biomechanicalmodel in manual and physical therapies: exemplified by lower back pain. J Bodyw Mov Ther. 2011; 15(2):131-138. 

 

 更にこちらの研究では症状に関連する変形性関節症(OA)の組織病理学的特徴を特定するために、軟骨症の重症度が一致した被験者を症候性OAと無症候性OAの2グループに分けています。つまり、膝関節の構造的変化の重症度が一緒にもかかわらず無症候性の人がいるということです。

 

参考文献:Stoppiello LA, et al.: Structural associations of symptomatic knee osteoarthritis. Arthritis Rheumatol. 2014; 66(11):3018-3027.

 

 もちろん、これらは「姿勢や構造所見と痛みは関係ない」ということではなく、「姿勢や構造所見は痛みと常に関連しているわけではない」ということが言えます。

では構造所見があっても痛みがある人とない人がいるのは何故でしょうか。

これを解決してくれるのがIASPの痛みの定義の注釈にもある「痛みは常に個人的な経験であり、生物学的心理学的社会的要因によって程度の差はあるが影響を受ける」という痛みのBPSモデルの考え方です。

 

4.BPSモデルについて

  BPSとはBio-Phyco-social(生物心理社会)の略語です。元々は精神科医であるエンゲルが1977年にBiomedicine model(生物医学モデル)に代わって新しい医学観を提唱した事が始まりです。

 

参考文献:G L Engel. The Need for a New Medical Model: A Challenge for Biomedicine, Science, New Series, Vol. 196, No. 4286 (Apr. 8, 1977), 129-136.

 

生物学的要因では組織損傷(tissue damege)や動作(movement)、負荷(load)、病理学(pathology)、強さ(strength)、侵害受容(nociception)が関与します。

心理学的要因では信念(belief)、知覚(perception)、情動(emotion)、期待(expectations)、行動(behaviors)が関与します。

社会的要因では仕事(works)、家族(family)、レジャー(leisure)、経済(economics)、教育(education)が関与します。

 痛みについて知らなかった私は生物学的要因に原因を強く求め、そうでなければ心理学的要因に原因を求めていました。これは先ほども言ったとおり心身二元論的考えです。BPSモデルに基づいて痛みを考えるのであれば、生物学的要因-心理学的要因-社会的要因は相互に影響しあい、結果として痛みを表出しているのです。

 

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 本来、痛みとは「それ以上無理に動かすと身体が壊れちゃうよ」や「そのままほっとくと死んじゃうよ」など身体の異常など生命の危険がある事を脳に知らせ、生命活動を維持するように行動させるための信号です。例えば、痛みがない場合背中に包丁が刺さり血がドクドク出てても平気で行動できますが、いずれは出血多量で死んでしまいます。人は痛みを感じることで身体の異常に気づき助けを呼ぶなり、止血するなどの行動に移れるわけです。

 急性期では生物学的要因による痛みが大いにあると思いますが、実際臨床では何年も前の傷が痛む人やいつまでも腰の痛みに悩まされる人は後を絶ちません。本来、急性期症状も終えて組織損傷の回復過程が終わっているにも関わらず痛みが持続しているのです。これがいわゆる慢性疼痛です。

慢性疼痛には心理学的要因、社会的要因が大きく影響しています。

 心理学的要因として代表的な破局的思考(catastrophizing)、運動恐怖症(kinesiophobia)は抑うつや不活動、機能障害を招き慢性疼痛の恐怖回避モデル(fear-avoidance model)に陥ってしまいます。

 

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fear-avoidance model(恐怖回避モデル)

 

 また、破局的思考は感情や社会的ストレッサーの影響を受け、痛みを慢性化させてしまいます。

 

5.破局的思考と運動恐怖症

 破局とは「その人が可能な限り最悪の結果を想定し、これに固執し、小さな問題を大きな災害と解釈する認知的プロセス」とされています。

 

参考文献:Turk DC et al. Assessment of phycosocial and Functional Impact of Chronic Pain. J Pain. 2016; 17(9 Suppl): T21-49. 

 

 破局的思考を持つ人は痛みを拡大視し、痛みに対して無力感を感じ、痛みのことばかりを反すうしてしまいます。

また運動恐怖症は恐怖回避行動を誘発し、正常な組織の回復過程を阻害する可能性があります。この運動恐怖症は整形外科に入院する外傷をもつ患者の52.8%が引き起こしているとの報告があります。

 

参考文献:Morgounovski, Johanna & Vuistiner, Philippe & Léger, Bertrand & Luthi, François. (2016). The fear–avoidance model to predict return to work after an orthopedic trauma. Annals of Physical and Rehabilitation Medicine. 59. e110-e111. 

 

 更に運動恐怖症は外傷でなくても引き起こされるとされる研究報告があります。この報告では、89人の片頭痛をもつ患者の53%が運動恐怖症を引き起こしていました。また、運動恐怖症を持つ患者は身体活動は痛みを緩和する事はないと信じており、運動は身体にとって有害であるという信念を持っていました。

 

参考文献:Mariana Tedeschi Benatto, PT, Débora Bevilaqua-Grossi, PhD, Gabriela Ferreira Carvalho, PhD, Marcela Mendes Bragatto, MS, Carina Ferreira Pinheiro, MS, Samuel Straceri Lodovichi, PT, Fabíola Dach, PhD, César Fernández-de-las-Peñas, PhD, Lidiane Lima Florencio, PhD, Kinesiophobia Is Associated with Migraine, Pain Medicine, Volume 20, Issue 4, April 2019, 846–851.

 

 臨床でも

「痛みがあるから何も出来ない。」

「動くと痛みが酷くなると思うから、横になっていたい。」

「もうこの痛みはどうにもらならいんでしょ。」という人によく会います。

そういった人たちが選ぶ行動は受動的なものが多いです。マッサージだけを好んだり、痛みが出ないように過度に安静にしたりします。しかし、疼痛回避モデルでもあるように不動は疼痛増悪因子の一つであり、良かれと思って安静にしてたが逆に痛みを維持・増悪させてしまうことになってしまいます。また、マッサージを始めとした徒手療法は先にも書いたとおり即時的効果は得られるかもしれませんが、その効果は長期的に持続せず痛みが再燃するため何度も治療院に通う必要があります。結果として痛みによる障害の改善は得られないまま医療コストだけがかかってしまいます。

 じゃあ、運動をさせたらいいじゃん!と考えてしまいそうですが、痛みや動く事に対して恐怖感が強い患者に運動療法を実施してもその患者の信念とは異なるため、痛みを増悪させてしまう可能性があります。

 

6.恐怖回避行動を脱却せよ

 痛みがある患者に対して運動はさせた方がいい。でも、運動の恐怖が強い患者には逆効果…じゃあ、どうすりゃあいいんだよ!って感じですよね。

そんな時に私が実施しているのが疼痛神経科学教育(pain neuroscience education:PNE)です。PNEでは痛みに対する情報を提供して、痛みに対する再概念化に重点を置いています。

PNEによって損傷≠痛みであり身体に損傷がなくても痛みは生じることを伝え、動くことによる恐怖心を取り除いていく事が重要とされています。

更に理学療法実践における効果的なPNEの5つの用件があります。

1)痛みに対して臨床的に意味のある効果を得るには、セラピストとの相互作用が必要である。

(原文:Interaction with a therapist is necessary to obtain clinically meaningful effects on pain.)

2)痛みについて現在の認識に不満を抱いている患者だけが、痛みを再概念化が出来る傾向にある。

(原文:Only patients dissatisfied with their current perceptions about pain are prone to reconceptualization of pain.)

3)新しい説明は患者にとってわかりやすいものでなければならない。

(原文:Any new explanation must be intelligible to the patient.)

4)新しい説明は、患者にとってもっともらしく有益であるように見えなければならない。

(原文:New explanation must appear plausible and beneficial to the patient.)

5)新しい説明は患者の環境と共有し、合致するか確認する必要がある。

(原文:The new explanation should be shared and confirmed by the direct environment of the patient. )

 

参考文献:“FIVE REQUIREMENTS FOR EFFECTIVE PAIN NEUROSCIENCE EDUCATION IN PHYSIOTHERAPY PRACTICE”.Pain in motion.2016/6/1.

http://www.paininmotion.be/blog/detail/five-requirements-effective-pain-neuroscience-education-physiotherapy-practice, (参照2020-8-9)

 

 上記の3)、4)に関してはわかりやすく且つもっともらしく説明した方がよいとの事で、私も実際に絵や図を見せながら痛みについての説明を行っています。また1)、5)に関しても痛みの説明はセラピストが患者に向けて実施した方が効果的であり、現在の患者の環境(特に家族や友人など親しく影響を受けやすい人たち)と情報を共有する必要があることを指しています。また、新しい説明は一方的なやり取りとならないように注意が必要です。科学的に運動や活動することが正論であっても、その人の考えや信念が変わらないまま運動を推奨すると不信感となってしまい信用を失いかねません。そうなると痛みを改善できる機会が失われてしまいます。適宜、その人の理解している度合いや考えを聞きながら双方向的にコミュニケーションを取り慎重に進めていくべきだと思います。

 さて、ここで一番注意したいのが2)です。この「現在の認識に不満を抱いている」という文言が重要で、臨床でも現在の認識に不満がない人は痛みの再概念化がかなり難しくなります。

例えば、世の中のメディアは基本的には腰が痛くなったら筋肉に効く塗り薬を!姿勢を綺麗にして腰痛とはオサラバ!や膝が痛むならヒアルロン酸を錠剤で摂取して痛みから解放されましょう!などと謳っています。これはBiomedicine model(生物医学モデル)に偏った情報です。もちろん、これらが解決してくれる痛みもありますが、やはりこの情報は不十分に感じます。ただ、このような情報を毎日耳に入れていると自分の腰が痛いのは姿勢が悪いからだ、膝が痛いのは軟骨が擦り減っているからだ、なんて事を考えても仕方がないのかもしれません。

更には痛みを維持・増悪させているのが患者から見た信頼のおけるセラピストかもしれません。長年お世話になっている先生に治療院に通う度に「腰の筋肉が硬いね~。これじゃ痛くなって当然だよ。」と言われ、徒手施術後は一時的に痛みは寛解するので『前より痛くなくなった。やっぱり効くね』と患者は思います。で、セラピストは「また、痛くなったら来なよ~」なんて言いながら。

これを繰り返すと『自分の腰の痛みは腰の筋肉が硬くなるからだ、だってあの先生が言ってるんだもの!』と間違った情報であるにも関わらず、(患者の中では)長年診てもらっている信頼する先生が言っているから正しいハズ!という信念が生まれます。この信念から痛みを再概念化することは至難の業となります。

このため私自身も言葉に注意して臨床に挑んでいます。何故なら何となく発した自分の言葉が患者の信念を形成する可能性があり、将来の痛みの治療の邪魔をするかもしれません。

 とまあ、色々と要点はありますが実際のところPNEのみでは疼痛の軽減は見込めません。しかし、運動療法と併用していくことで効果的となっていきます。PNEの重要な点は運動療法で身体の構造を変えること(例:背筋を鍛えて猫背を直す)に着目するのではなく、身体を動かすこと自体が重要であるということを伝えることです。

また、PNEや運動療法の対象になるのは非特異性背部痛だけではなく、特異的背部痛(急性腰痛)に対しても慢性化を予防する可能性があるとの研究報告もあります。

 

参考文献:Zimney K, Louw A, Puentedura E.J. Use of Therapeutic Neuroscience Education to address phychosocial factors associated with acute low back pain: a case report. Physiother Theory Pract. 2014; 30(3): 202-209.

 

臨床でもPNEを実施した患者は運動や活動をポジティブに捉えるようになり受動的な姿勢から能動的に自分で痛みを何とかしようという姿勢に変化していく印象です。PNEを実施するに当たってセラピスト側の痛みに関する理解が重要となってきますので、しっかりと痛みに関する情報をアップデートしていく必要があるかと思います。

 

7.痛みを重症化させないためにセラピストが患者さんに提供するべき2つの事

  さて、長々と書いてまいりましたが最後に我々セラピストは痛みを持つ患者に何を提供すべきなのかを書いていきます。

 

結論からズバリ言うと

1)運動療法が適応か否か(Red flag)を判断できる

2)患者のセルフマネジメント能力を育てる

これに尽きるのではないかと私は考えます。

 

 1)のRed flagに関しては「医学的処置(医師の処置・医業)が必要な状態」を指しますので、そもそも運動や活動を推奨していいのかの判断はかなり重要です。痛みの原因が骨折や感染、腫瘍または内臓疾患の可能性であることも考えられます。これらはセラピストの対応範囲を超えていますので、まずは自分が介入しても良いのか?それとも駄目なのか?これを考察しなければいけません。

 2)のセルフマネジメント能力を育てるとか、じゃあ痛みを取るために徒手療法は重要じゃなくてそれってセラピストじゃなくても出来るよね。って思いませんか。

正にそうなんだと私は考えています。

更に言えば、ゴットハンドのようなテクニックを持っていなくたって経験年数が1~2年目のセラピストでもやるべきことをやれば痛みは改善できます。

 私は理学療法士として職人気質的に自分にしか出来ない徒手テクニックで痛みを取り除きたいと考えていました。でも、それだけじゃ痛み(特に慢性疼痛)は改善出来ません。確かに患者の中には徒手介入による身体面の改善が生活の質の向上に功を奏す場面も臨床で少なからず見てきました(例えば、痛みがなくなって今まで出来なかった趣味ができるようになった等)。しかし、それは“たまたま”そうであっただけで全ての痛みの問題は解決出来ません。

中には家庭の不和や会社の人間関係によるストレスが原因で腰痛や肩こりになる人がいます。これは社会的要因が痛みに大きく関与しています。これに対して身体的な問題を解決しても、痛みが再燃することは容易に想像がつきます。私たちの徒手療法では痛みを作っている人間関係は変えられません、私たちの徒手療法では痛みを大げさにしている患者の破局的な思考は改善できません。

ここを変えられるのは本人しかいないのです。

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仕事、家庭、お金の悩みなどの社会的因子は痛みを増悪させる。

これは徒手療法ではどうしようもない…

 患者に「自分でやって良くなった」という経験が自己効力感(self-efficacy)やアドヒアランス(adherence)を高め、次に痛みに対峙した時に安易なマッサージを受ける・安静にするなどの選択を遠ざけ、自分で能動的に痛みを解決するための正しい選択が出来るようになるかもしれません。

そのためにセラピストは患者の痛みへの理解を深めるよう関わり、患者のセルフマネジメント能力が向上できるよう環境や患者のモチベーションなどをマネジメントすることの方がよっぽど大切だと思います。

 ここに理学療法士としての専門性を発揮するならば、患者に提供する運動療法が効果的かつ患者に1人でも簡単に実施できるようにカスタマイズした運動を伝えることだと考えます。または習慣的な姿勢の連続が疼痛を引き起こしている要因もゼロではないので、問診と姿勢から考察した生活指導も必要かもしれません。

セラピストの関わり方一つで患者の痛みは良くも悪くもなります。患者から信頼され、正しい知識をもとに痛みを改善出来るセラピストで在りたいものです。 

 

以上を持ちまして痛みについての再考を終わりとさせて頂きます。

ご拝読ありがとうございました。

 

 

マーケティングの観点から患者のNeedsを考える

 

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おはようございます。

 

今回は臨床を行う上で私が大切にしている患者のNeedsについて考えていきます。

 

 ここで皆さんに注意して頂きたいのが、今回お話していく内容は「Need」ではなく「Needs」であるという事です。

簡単に「Need」と「Needs」の違いを説明します。

・Need:直訳すると‟必要性”

・Needs:直訳すると‟要求”や‟需要”

 

どちらもほぼ似たような意味ですが、前者は医療現場でも使われる客観的項目であり皆さんもよく目にすると思います。後者は医療よりもマーケティングの場面でよく使用される言葉ですね。

医療にマーケティング?と思うかもしれませんが、個人的にはリハビリテーションの本質であり大切になる部分だと思っています。

 

今回の内容は以下のような方々に向けて書いていきます。

リハビリテーションを行う上で途中で何を目標としていいかが分からなくなる

◎患者さんのゴール設定が上手く出来なくて困っている

◎本人の要望が様々な要因で達成できず、ゴール設定に難渋している

 

 特にまだ臨床経験が少なく、自分の中の経験による予後予測が立てれず、この人のゴールをどこから考えて決めていくのかわからない!と迷っている方がこの記事を見ることで「少しでも自信を持って患者さんとのゴール設定を行える」そんな風に思える一助になれば幸いです。

 

目次

[1.NeedとHope(Demand)とNeedsの違い]

[2.なぜNeedsが重要か]

[3.Needsを得るために何をすべきか]

[4.Needsを得るためのインタビューのコツ]

[5.Hopeとはその人らしさを表すもの]

[6.リハビリテーションこそNeedsを意識した関わりを持て]

 

 

 1.NeedとHope(Demand)とNeedsの違い

 冒頭でも少しNeedとNeedsについて触れましたが、まず始めに「Hope/Demand」と「Need」の違いについて整理していきます。

Hope/Demandは患者視点での主観的情報となり、患者自身から発信される情報となります。そのため、直接的にHopeなどがリハビリテーションのゴールになることは稀です。例えば、重度脳卒中で基本動作にも重介助が残る患者さんが「自分の足で走ってマラソン大会に出場したい」というHopeを言ったとして、そのままリハビリテーションのゴールを「マラソン大会出場」とするセラピストはいないと思います。

患者さんの「マラソン大会で走りたい」との要望をセラピストがすり合わせを行うことで、患者さんと新たな目標共有を行います。

次にNeedに関してはセラピストがICFからの情報(主に環境面)より、目標を決める客観的情報となります。ある意味セラピストの主観的情報とも言えるかもしれません。

 例えば、患者さんが「家は玄関に入るとすぐに階段で2階が居住スペースです。自分としては杖を使わずに家の中を歩けるようになりたいです。」と言った場合

Hope/Demand:杖を使わずに家の中を歩けるようになりたい

Need:2階までの階段昇降能力の獲得

となります。この時、この患者さんが独居なのか介護者がいるのか、階段に手すりはあるのか、なければ住宅改修が行えるのか、など様々な情報によってより詳細なNeedが設定できます。

ここは皆さんも学校で学んでおり、「そんな当たり前の事知ってるわ!」と思うかもしれません。

 さて、ここからNeedsについて説明していきます。Needsはそもそもマーケティングで使用される言葉で「消費者のニーズに応えた商品を開発するんだ!」など、どちらかというと商品開発のイメージが強いかと思います。

マーケティングではNeedsに似たWantsという言葉があります。それぞれ説明すると

 Needs=人間の感じる欠乏状態

 Wants=Needsの表現

つまりNeedsは目的であり、WantsはNeedsを達成するための手段であるということになります。

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例えば「喫茶店に行きたい」というWantsがあったとして、ここでのNeedsは「おいしいコーヒーが飲みたい」と考えるかも知れません。しかし、他のNeedsの可能性として「静かな場所で本を読みたい」「外は寒いから一度店で温まりたい」「待ち合わせの時間まで暇だから時間をつぶしたい」なども考えられます。

茶店にいるお客さんがみんな「おいしいコーヒーを飲みたい」という目的であることはほとんどないと思います。それぞれが自分のNeedsを達成するために、「喫茶店に行く」という手段を取ったに過ぎません。

つまり、

Needs≠Wantsという事が言えるわけですね。

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2.なぜNeedsが重要か

 Wantsは自分の目的を達成するための手段を言葉にしているので意識することは容易ですが、Needsにおいては言葉にしていないため本人自身も気づいていない(無意識の)可能性があります。

このWantsリハビリテーションにおけるHopeに代わり、患者のNeedsの表現がHope/Demandになると考えます。私はリハビリテーションではこのHopeから掘り下げたNeedsを捉えることが重要だと感じています。

先ほどの例でHopeが「マラソン大会で走りたい」という患者さんがいたとします。

この患者さんのNeedsは何か?を考える事が大切です。

因みにマラソン大会で走ることは難しいという前提で話をしていきます。

Needsとして

「病気になっても新しい事に挑戦したい」

「運動が好きで、運動仲間と一緒に汗を流したい」

など 様々な事が考えられます。

これらのNeedsを達成する手段として

例えば

「病気になっても新しい事に挑戦したい」であれば

⇒楽器を習う、絵を描く、今まで行ったことのない場所に旅行にいく等

 

「運動が好きで、仲間と汗を流したい」であれば

⇒ ボッチャなどの障害者スポーツを行えるようになる等

 

もちろんこちらが提案した手段が必ず相手に受け入れられるという事はありませんし、Needsを必ず達成できるとも限りません。しかし、病気と共に生きる患者さんがリハビリテーションを行う上で経過でHopeが変わり、もちろんNeedsが変わることもあるでしょう。

患者さんのQOL(Quality of Life:生活の質)を少しでも向上させ、その人らしく生きるために私たちは常に患者さんのNeedsを探り、「患者さんがその人らしくあるために何が出来るか」を悩み考え続けなければならないと考えています。

 

3.Needsを探るために何をすべきか

 リハビリテーションにおけるNeedsに近づくためには、何よりその人自身がどんな人かを知ることが大切だと考えています。今までの生活歴、趣味、人間関係などICFにおける個人因子の情報収集は必要です。更にデータとしての情報だけでなく、目の前にいる患者さんがどんな人なのかを知ろうとする事も大切と考えています。

 

その方法がインタビュー(面接)です!

 

私は初回の理学療法の時間に「インタビュー」を行うようにしています。これに関しては意識して時間を確保するようにしており、40分程度で終わる時もあれば1時間かかる事もあります。

私の働いている病院では病前生活などの情報や患者家族のHopeはソーシャルワーカーが入院時に情報収集しカルテに記載しています。これをカルテで確認する事で情報を手に入れる事は出来ますが、更に詳細な情報を得るために患者さんとのインタビューを実施します。

このインタビューではリハビリテーションの目標設定が行えるように以下の内容は必ず掘り下げるようにしています。

 

・患者さんのHope

・今感じている不安な事や考えている課題は何か

・病前生活の更に詳細な部分の聴取

・最後に今後の理学療法プランの共有

 

全般的に個人因子の情報収集が主ですね。

その時々によって多少内容は変わりますが、基本的には今挙げた項目は必ず聴取するようにしています。方法としては当院には特に規定のアンケート用紙などがないため、非構造化インタビューその中でもデプスインタビューを採用しています。

 

‟デプスインタビュー”とは

1対1で十分に時間をとって行うインタビューであり、対象者の行動の裏側にある顕在化したニーズ、価値観、対象者自身も認識していなかった潜在的ニーズを明らかにできる。デメリットとして時間とコストがかかる、時間をかけて聴取するため収集する情報量が多くなってしまうなどの点が挙げられる。

 

4.Needsを得るためのインタビューのコツ

 インタビューを行う時に気をつけておきたいのが一方向性でのコミュニケーションにならないようにする事です。私はインタビューで患者さん自身の事を知ろうとするのはもちろん、自分がどんな人間かを相手に知ってもらう事も意識しています。知らない人に自分の情報をアレコレ教えるのには抵抗が少なからずありますよね。

なので、まずは自分を知ってもらうためにも、会話の中で共通の話題を見つけて信頼関係の構築(ラポール形成)を図っていくのも良いかもしれません。

 また、インタビューを行う際には言葉の端々に落ちている情報を落とさないようにアンテナを張るように意識しています。

 

一例として、

PT「身体の痛みなどはありますか?」

患者「今はありませんけど…」

 

この会話では重要な情報があります。

それは「けど」という言葉です。

今は痛くない「けど」以前は痛かったのか?

今は痛くない「けど」他の時間帯で痛む事があるのか?

など、こういった言葉の端々に隠れている情報をスルーせずに更に質問して深めていく事が大切です。

 最後に中々患者さんとの話を深く掘り下げる事が苦手な場合は5W1Hで質問を深めていくといいと思います。

患者さん「歩けるようになりたい」

というHopeがあったとして、

・誰と(who)

・どこを(where)

・何を使って(what)

・いつまでに(when)

・どれくらいの時間、距離(how)

・なぜそうなりたいか(why)

 

みたいな感じで掘り下げていくと、インタビューで情報が引き出しやすくなり情報収集を行いやすくなると思います。

 

 5.Hopeとはその人らしさを表すもの

ここまで長々とNeedsの重要性を述べてきたのですが、僕は理学療法士なのでやはり身体機能の向上を目指す事で患者さんのHopeも出来る限り達成できる準備をしたいと思っています。

Hopeは本質的なNeeds(目的)を達成するための経過や手段ではあるのですが、やはりその手段も大事なんですよね。

 

手段は何でもいいから目的さえ達成できれば良いんだー‼︎

 

そんな事ありませんよね?

人が社会生活を送る上で手段を複数個持っているのと1つしか持っていないのとでは、生活の質は大きく異なってきます。

ましてや、その1つの手段がとても面倒で融通の効きにくいものだとどうでしょう…

僕だったら疲れて途中でやめちゃうかもしれません。

Needsを捉えて手段を提示する時には『出来ればいい』ではなく、あくまで『その人が自分らしくあるために何が出来ればいいか』と考えるようにするといいかもしれません。

 

6 .リハビリテーションこそNeedsを意識した関わりを持て

 医療現場でこそ(特に障害と付き合って生きていく)患者のNeedsを探り、双方的なコミュニケーションが求められます。リハビリテーションの目標設定ではセラピストと患者の目標に差異があるという報告もあります。1)

ヘルスリテラシーが低く自分の事を全て決めてもらいたい患者さん、自分の希望や不満を伝えられない患者さんが多くいることで臨床の現場では形骸化したインフォームドコンセントや未だに自身の価値観のみで判断するパターナリズムでのリハビリテーションでの目標設定が蔓延っているのではないかと考えています。

人生において価値観は人の数だけあり、我々の「正しい」とか「こうした方があなたは幸せだ」という価値観を患者・家族に押し付けるリハビリテーションリハビリテーションではありません。

患者・家族のHope(手段)の表出を持って何のNeeds(目的)を満たそうとしているのか。これを一緒に話合う時間をこちら側が意識して作り、Shered Dicision Makingなどを活用しながら顧客満足度の高いリハビリテーションを作り上げていくことが大切だと思っています。

よく新人のセラピストの方に「自宅に帰れるかが分からない。帰っても介護生活が大変だが家族が理解してくれない。」「施設に行くか自宅に行くかで入院期間の提示が変わってくるがどうしようか迷っている。」という相談を受けますが、まず目標設定に患者・家族の意思意向が含まれているのかどうかの確認を必ずします。リハビリテーションであるのに患者・家族と病前生活や目標について話していなければリハビリテーションの方向性は決まりません。

途中でリハビリテーションの目標や方向性を見失う場合は、一番初めに目標設定をしっかりと患者・家族と共有出来てない場合が多いです。

患者・家族のNeedsを捉え目標が決まっていれば、どうすれば目標を達成できるかを私たちはチームで考え動いていくだけです。

例えば「家に帰りたい・帰してあげたい」という患者・家族がいたとして、家に帰るにあたりある程度理想と離れた手段を提案する事もあると思います。

ただ、その手段が患者・家族のNeedsと大きく離れていなければ受け入れることもあると思いますし、逆にNeedsが満たせなく「そこまで大変なら…」と再度考え直す機会になるかもしれません。

あくまで決定をするのは患者・家族です。中にはそんな大事なことは決められないから決めてくれという人もいます。しかし、これは話合った結果専門家に方針を決定してほしいと本人が決めたとも言えます。この過程を踏まえた上での決定がリハビリテーションでは大切になると思っています。

 

是非とも自身の価値観で物事を判断せず、患者家族にとってのリハビリテーションにおけるNeedsとは何かを探っていきましょう。

そのためにはセラピストは専門知識や技術だけでなく、コミュニケーション能力や社会人としての礼儀・品性、人としての資質を兼ね備えるよう普段から内省し意識しておくことも重要かもしれません。

 

以上でマーケティングの観点から患者のNeedsに対する考察を終了とさせて頂きます。

ご拝読ありがとうございました!

 

 

参考文献

1)上岡裕美子ら.脳卒中後遺症者と担当理学療法士が認識している外来理学療法目標の相違ー回復期後期,維持期前期,維持期後期別の比較検討ー.理学療法学2006;21(3):239-247.

 

脳画像の知識を臨床で生かす方法

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おはようございます!

 

今回は脳血管疾患を臨床で扱う上で必要な脳画像について考えていきます。

 

 さて、脳血管疾患患者を担当する事になり臨床場面で色々と難しい問題に直面する事が多いと思います。その中で臨床のヒントとなるのが脳画像です。しかし、脳画像を見る(見た)上で色々悩みも出てくると思います。

 

例えば…

◎入院当初、脳画像から予測していた身体・精神高次脳機能機能から予後がかけ離れている。

◎脳画像は読めるけど、臨床にどう繋げたらいいかが分からない。

◎結局、脳画像が読めればいいんでしょ?

 

 今回のこのような悩みや考え方をお持ちの方々に向けて、新たな視点・悩み解決の一助になるよう私の考えを書いていきたいと思います。

今までに職場の後輩達に脳血管に関しての勉強会を開いた所

「脳画像の見方と臨床への繋げ方がわかった気がします。」などの意見(先輩に気を遣っていたとも思いますが笑)が多くありました。

この記事を読む事で「脳画像の知識を正しく臨床で活用出来る第一歩」になれば幸いです。

 

目次

[1.途中から患者さんが良くならない]

[2.脳画像しか見ないセラピスト]

[3.勉強する程陥りやすいワナ⁈]

[4.脳画像の扱い方]

[5.脳画像を臨床に繋げる方法]

 

 

1.途中から患者さんが良くならない

 私は2年目頃から脳画像に関しての勉強会に参加したり教科書などで勉強して、脳の解剖や局所の機能、神経ネットワークについての知識を蓄えていきました。

もちろん今でも勉強はしているのですが、今と昔では脳画像についての扱い方がかなり違っています。

 

当時、知識をどんどん蓄えていった私はある程度脳画像も読めるようになり、脳画像と臨床での患者さんの症状を一致させるように読み解くようになっていました。

(右小脳半球の梗塞だから大脳小脳経路に障害が出ていて、右上下肢に失調が起こるから歩く時に右へふらついているんだな!よし、下肢協調性向上に対して、リカンベントエルゴを使おう!)

てな具合です。

 

当時担当していた小脳梗塞/出血の患者さんに対しては四つ這い位、エルゴメーターなど脳画像を基準に臨床思考を展開していたため、脳画像から理学療法プログラムを立案していました。

最初のうちはある程度患者さんも良くなっていくんですが、ある一定の時期を過ぎると変わらなくなってくるんですね。まだ、ふらつきは残っているのに…

 

2.脳画像しか見ないセラピスト

そして、ある時先輩に言われたんです。

先輩「お前って脳画像しか見てないよね」

 

言われた当初は???でした。

えっ、何で?駄目なの?

だって脳画像見ないとその人の症状が何故起こっているのかわからないですよ!?

 

その先輩は多くを語らない人だったのですが、嫌味のような意味のない事は言わない人だったので、その言葉の意味をずっと考えていました。

そしてある日、自分の臨床感が変わるキッカケがありました。

担当の患者さん(小脳梗塞)が入浴後すぐにリハビリに入る機会があったんですが、いつもふらついて歩いている人がいつもより安定している気がしたんです。

片脚立位のテストをすると今まで、障害側は1秒も保持出来なかったのに今は3秒間保持出来てる!

そして極め付けは次の日の朝には元の状態に戻ってふらふら歩いていたんですね。

 

これはおかしい!何でだ!?

そして気付きました。もしかしたら、自分が小脳梗塞のせいでふらついていたと思い込んでいただけで、原因は他にあるんじゃないかと。

なぜなら小脳神経ネットワークの問題による失調からくるふらつきならば、お風呂に入ったくらいで良くなりませんよね。

お風呂は温熱効果があるので何かしらの筋肉や血管に作用して身体機能に変化が起きた結果ふらつきが一時的に改善し、また一晩経って筋肉などが硬くなったから朝方には元に戻っていたと考える方が自然だと思ったんです。

 

3.勉強する程陥りやすいワナ⁈

この時まで私が犯していた失敗は、

「脳画像を見ることでその情報に固執し、目の前の患者さんからの情報を知らず知らずのうちに軽視または無視してしまっていた」事です。

何にでも言える事ですが、お金と時間をかけて学んだ事って使いたくなりますよね?

私の場合、脳画像の勉強をする事で脳画像の情報のみを重要視してしまっていたんです。

これは思考にバイアスが掛かっている状態となっており、論理的思考を放棄し思い込みにより物事を判断していたことになります。

※バイアスに関しては今後またブログで書いていこうと思います。

 

結局その患者さんは障害側の足関節のROMに制限があり、足関節のROMexを行う事でコンスタントに片脚立位は3秒以上保持出来るようになり、歩行時のふらつきも以前より改善されていきました。

今思えば入院当初から徐々に改善していたのは脳の自然回復が要因として大きかったのではないかと考えています。

 

4.脳画像の扱い方

 このように脳画像に固執してしまうと、本来の問題点に行き着けなくなってしまう恐れがあります。

 

そもそも脳画像で分かる事って何でしょう。

脳画像は脳の器質的問題が分かるだけであって、本当にその部分の神経ネットワークに障害があるとは断定出来ません。

ただ、解剖学的知識と画像所見から症状の把握が出来るのも事実です。1)

例えば、4野の同じ場所同じ範囲に出血や梗塞があれば、基本的には上下肢の麻痺は出現するでしょう。しかし、麻痺の程度も同じになるかと言われれば異なってくると思います。

生まれながらの個体差であったり、その人の今まで歩んできた人生においても脳のマップやネットワークが異なる可能性があると考えています。Ja ̈ncke ら (2009) によると特定の分野で活躍したスポーツ選手はそうでない人たちと比べて、特定の部分の灰白質容積が大きかったと報告しています。(プロゴルファーはそうでない人達に比べて背側運動前野と頭頂葉灰白質容積 が大きい。など)2)

ベテランタクシー運転手は人よりも頭頂葉の活動が活発であると言われています。頭頂葉脳卒中が起こっても背景によって他の人よりも地理や空間認知機能は低下しにくいかもしれません。また、大脳皮質は産まれてから死ぬまで脳細胞がどんどん減っていくと言われており、同じ箇所の脳卒中でも若年者の方が高齢者に比べて回復力が高いと考えられます。

以上の事から脳の器質的な問題は同じであっても、個々に出る症状は異なる可能性があると考えられます。そのため、脳卒中症例の問題を見つけようとする時に脳画像のみで問題点を絞ろうとすると本来の問題点を見失いやすくなってしまうわけです。

決して脳画像から読み取れる情報を軽んじているわけではありません。脳画像の情報は一つの事実として頭の中に置いておき、まずは目の前の患者さんに目を向ける事の方が大事だと私は思います。

 

5.脳画像を臨床に繋げる方法

では、最後に脳画像の情報を実際の臨床場面で扱うにはどうすれば良いか私なりの考えを書いていきます。

 

⑴脳画像を見るタイミングは患者さんの評価を一通り終えてからにする

▶︎脳画像を先に見てしまうとその情報に引っ張られてしまうかも…と不安な人には、有効だと思います。私も思い込みを防ぐために画像は敢えて後で見るようにしています。

 

⑵事実と仮説の混同に気をつける

▶︎画像所見は"事実"としての情報ですが、そこから考える神経ネットワークは"仮説"になります。神経ネットワークは目に見えないものなので、特殊な計測装置を使用していない限りはあくまで仮説に過ぎません。仮説を事実として捉えてしまうと他の要素を見落としてしまうので注意が必要です。

 

⑶仮説を可能性の高い順に並べ、鑑別診断や理学療法評価にて仮説を絞っていく

▶︎これは脳画像だけの話ではありません。臨床においてはClinical Reasoning(CR:臨床推論)が必要です。CRでは自身の仮説を鑑別診断や理学療法評価にて支持or否定する事だけでなく、自身の思考にバイアスがないかをメタ認知する事。患者さん自身の身体に対する考え方なども加味してCRを行っていく必要性があります。

 

長々と書いてきましたが何にせよ脳画像は情報の一つであり、そこから臨床展開していくのは良いですが、あまり脳画像に捉われない事が大事です。

画像所見より右頭頂葉に病変があると分かり、患者さんが左側を見ない。半側空間無視だ!

ではなく、そもそも左側を向けるその他の準備が出来ているのかどうかを評価しているかが重要になってきます。

左側を向ける身体機能はあるのにも関わらず左側を見ようとしない場合は半側空間無視による影響が大きいと言えるでしょう。

脳自体の神経ネットワークはまだ生きているのに身体機能面の問題に目を向けず、脳の病変のせいで目的を遂行出来ないと考えていたのでは本来予測していた予後よりも改善が見込めないのは当たり前です。

患者さんの現象(麻痺や高次脳機能障害など)を脳画像所見のみで判断をするのではなく、総合的に見て問題点を絞るようにしていく事が大切だと思います。

 

以上で脳画像についての考察を終了とします。

ご拝読ありがとうございました。

それでは、また次回!

 

参考文献・図書

1)監修;相澤純也,編集;中村学,藤野雄次『クリニカルリーズニングで神経系の理学療法に強くなる!』羊土社,2017年,pp.26-27

2) L. Jancke, et al.: The architecture of the golfer’s brain, PLoS One, 4–3, e4785 (2009)

筋力低下を再考する PART3

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おはようございます。

 

前回のPART2では、「筋力低下」は様々な要因で起こり、この言葉は臨床の中で動作を阻害する原因としてあまり正しい使い方ではないのではないか。

怪我などにより筋が損傷すると脳と筋肉との情報伝達にエラーが起こり、運動戦略を変容させることが結果として筋力低下を引き起こしているというお話をしました。

なので、

「受傷後、歩きにくくなったのは筋力低下が原因だ」ではなく、

「受傷後、歩きにくくなったのは運動戦略の異常が起こり、その原因は〇〇だ」となります。

(※〇〇には、筋損傷や筋疲労、筋アライメントの捻じれ、末梢神経障害などその時の要因が入ります。)

 

さて、介入方法についてなのですが、PART2で挙げた筋力低下の要因の中で私が臨床でよく出会うのは筋のマルアライメントです。これは整形疾患だけでなく、術後の廃用症候群脳卒中患者にもよく見られます。

今回はこのマルアライメントに対する介入で効率的な運動戦略の獲得を考えていきます。

私が今勉強している身体内圧理論から言葉を借りると、筋肉は様々な影響を受けて本来の位置から大きくズレてしまった結果引き伸ばされたり、縮こまってしまい本来収縮するべき所で役割を果たせなくなってしまいます。

筋肉に影響する要因として長時間の臥床による同一肢位により重力によって本来の筋走行のラインから筋の質量中心がずれてしまうこともあれば、手術の影響で術創部の方向にずれてしまうなど様々な理由が考えられます。

収縮が正常に行えないという事は前PARTでもいったように脳と筋肉との情報伝達にエラーが起こり、運動戦略の変容が起こってしまいます。

筋肉は適切な位置にあって本来の収縮力が発揮でき、筋紡錘やゴルジ腱器官から情報が過不足なく伝えることが出来るのです。

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< 図1:張力‐長さ曲線 >

 

つまり、アライメントを修正した中で身体を動かせば脳の振る舞いが変わり、非効率的な運動戦略から効率的な運動戦略へと動作の改善を狙えるわけです。

筋のアライメント修正に必要なのはテクニックもありますが、まずは正しい解剖学の知識がないとイメージがしにくく結果に繋がりにくいかもしれません。

何事も基礎が大事ということですね。

 

最後に。

前回のPARTでも筋力低下の要因として何項目か例を羅列しましたが、臨床ではこれを更に深掘りする必要があります。

本当の意味での原因はその人の背景に行きつくのではないかと考えます。

例えば、前回も例に挙げたスポーツ選手が過剰なトレーニングによって過用症候群により筋損傷を引き起こした場合、今まで説明した通り現象として筋力低下が起きます。

もちろん対応としては先にも示した通り身体の休養が必要にはなるのですが、根本的に解決を図るのであれば「何故、この選手は身体が壊れるまでトレーニングに励まなければいけなかったか」を考える必要があるのです。

でないと再発はもちろんの事、そもそも選手が休息を取らずにオーバワークを続け、取り返しのつかない怪我に繋がる可能性もあるわけです。

 

だからこそ我々セラピストは身体への介入だけでなく、コミュニケーションや言葉を大切にするべき職業だと私は思っています。

 

以上を持ちまして、筋力低下に対する考察を終わりとします。

ご拝読ありがとうございました!

 

参考図書

図1:運動機能障害症候群のマネジメント 著 Shirley A.Sahrmann