理学療法を再考するブログ

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バイオメカニクス、アナトミートレインを再考する

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おはようございます。

 

今回は臨床の中で治療方針を決める際によく使用されるバイオメカニクスとアナトミートレインについて考えていきます。

これらは患者の問題点を考える上で非常に使いやすく魅力的に見えます。みなさんも臨床で実際に活用し、患者の動作や痛みに対して効果を発揮していると感じた事があるのではないでしょうか。

私も過去にはよく臨床で「バイオメカニクスの観点」から「筋膜連鎖の観点」から問題点を絞っていき、治療方針を決めていました。しかし、臨床では患者の問題点を評価し、治療する際に(特に痛みにおいて)バイオメカニクスやアナトミートレインが妄信され、その他の要因をあまり考慮されていない印象があります。

本当にバイオメカニクスやアナトミートレインは患者の動作や痛みを考える上で有効なのでしょうか。

 

この記事は以下のような人に向けて書いていきます。

 

◎アナトミートレインやバイオメカニクスを勉強し、臨床で活用している人
◎アナトミートレインやバイオメカニクスについて批判的に考えたことがない人
◎問題点を考える上でアナトミートレインやバイオメカニクスなどの構造因子以外から臨床の思考展開を行なっていない人

 

目次

[1.アナトミートレインは実証されていない]

[2.運動や痛みの複雑さはバイオメカニクスのみでは語れない]

 

 1.アナトミートレインは実証されていない

 アナトミートレインといえばThomas W. Myersが執筆し、日本では理学療法士である板場英之先生や石井慎一郎先生が訳したこちらの書籍が有名ではないでしょうか。

lohaco.jp

 さて、アナトミートレインを語る上でまず確認をしておきたいのがアナトミートレインはThomas W. Myersが考えたモデル(概念)であるということです。筋膜のモデルとして「biotensegrity model:生体力学モデル」「fascintegrity model:筋膜モデル」「fascia chain:筋膜連鎖」があります。アナトミートレインに関しては上記の概念の中でも「fascia chain:筋膜連鎖」に当たると思われます。

ブルーノとトーマスが執筆した文献「理論的な筋膜モデルのレビュー」では筋膜連鎖を以下のように記しています。

筋膜連鎖は、身体の連続性の概念を完全に反映している。

~中略~

筋膜連鎖の概念、つまり収縮性のある領域の緊張は反響を及ぼし、遠く離れた他の領域に影響を及ぼし、理学療法からヨガ、スポーツから瞑想まで、さまざまな分野で使用される。

参考文献:Bordoni B, Myers T ( February 24, 2020 ) A Review of the Theoretical Fascial Models: Biotensegrity, Fascintegrity, and Myofascial Chains. Cureus 12(2): e7092. doi: 10. 7759/ cureus. 7092

 

 トーマスによって考案された解剖学的な筋走行のラインを電車の線路に見立てて、アナトミートレインと呼んでます。

その中には頭皮筋膜から胸鎖乳突筋ー腹直筋ー大腿四頭筋を経て短趾伸筋に走行するSFL(Superficial Front Line:浅前線)や広背筋ー大殿筋ー外側広筋を走行するFL(Functional Line:機能線)などがあります。

1814年から今までに筋膜連鎖に関する研究は多くなされてきています。

 

こちらのシステマティックレビューでは6つの筋膜経線の存在を証明するために筋肉構成要素間の形態的連続性と人間解剖学的研究の計62件の文献をレビューしており、以下のように証拠を示しています。

浅前線(SFL):7つの研究があったが、検証された筋膜連続性はなかった

浅後線(SBL):14の研究に基づく強い証拠がある

後機能線(BFL):8つの研究に基づく強い証拠がある

前機能線(FFL):7つの研究に基づく強い証拠がある

ラセン線(SPL):21の研究に基づく中等度の証拠がある

ラテラル線(LL):10の研究に基づく中等度から強い証拠がある

 

SBL、BFL、FFLは広範な構造の連続性が明確に確認された

SPL、LLに関しては所見があいまいであり、両ラインの連続性の半分程しか確認が出来なかった

参考文献:Jan Wilke, Frieder Krause, Lutz Vogt, Winfried Banzer. What is Evidence- Based About Myofascial Chains: A Systematic Review. Archives of physical Medicine and Rehabilitaion. 2016 Mar: 97(3): 454-461.

 

どうやら筋膜の連続性を明確に確認出来たのはSBL/BFL/FFLのみに留まり、この中でもFFL(前機能線)に関しては大胸筋-対側腹直筋と腹直筋-対側内転筋はしっかりと確認できているようです。

しかし、SBL(浅後線)で確認出来たとしているのは腰椎筋膜/脊柱起立筋-ハムストリングスハムストリングス-腓腹筋腓腹筋-足底腱膜のみであり、頭皮筋膜、帽状筋膜-後頭下筋群から脊柱起立筋への連続性の証拠はありません。

BFL(後機能線)は広背筋-腰筋膜(表層)、腰筋膜(表層)-大殿筋の連続性は確認されていますが、大殿筋-外側広筋の連続性が確認出来たのは6検体中2検体のみとなっています。

 

またこちらの2016年に発表されたシステマティックレビューでは筋膜連鎖の中でも浅後線(SBL)、後機能線(BFL)、前機能線(FFL)に関しての9つの研究をレビューしています。このレビューでは以下の証拠を示しています。

SBLでは、足底腱膜とアキレス腱、骨盤の動き/ハムストリングス腓腹筋に力の伝達あり(中等度の証拠)

BFLでは大殿筋と外側広筋の伝達を示す研究はなく、広背筋と対側大殿筋に力の伝達あり(中等度の証拠)

FFLでは腹直筋と大胸筋の間の張力伝達を調べた研究はなく、内転筋と対側遠位腹直筋鞘の力の伝達は確認されるも有意ではない

つまり、隣接する筋膜構造の一部の間において筋間伝達力があると考察で述べています。

参考文献:Frieder Krause, Jan Wilke, Lutz Vogt, Winfried Banzer. Intermuscular force transmission along myofascial chains: a systematic review. Journal of Anatomy. 2016 Jun; 228(6): 910-918.

 

以上のシステマティックレビューから言えることは、アナトミートレインの中でも筋膜連鎖の存在を示す証拠は6つの筋膜経線の中の一部のみで、更にその筋膜経線上で力の伝達が確認されているのはより限定的な一部分(隣接する組織)に留まっています。

つまり、ある点から遠位(例えば、頭部から足部)への筋膜連鎖による筋間伝達力を証明するエビデンスは今のところないと言えます。それでも筋膜連鎖は遠位への介入を可能とすると示す研究もあります。

例えば、こちらの研究は筋膜連鎖による予備的証拠として、腓腹筋ハムストリングスの静的ストレッチを実施し、頸部の可動域が介入前後で有意に改善したと報告しています(143.3±13.9から148.2±14°、P<0.05)。

参考文献:Jan Wilke, Daniel Niederer, Lutz Vogt, Winfried Banzer. Remote effects of limb stretching: Preliminary evidence for myofascial connectivity? Jurnal of sports sciences. 2016 Nov; 34(22): 2145-2148.

 

確かに下腿後面筋の柔軟性向上により頸部のROMが向上したと言えますが、これが筋膜連鎖の影響であると言うには疑問が残ります。もちろん筋膜において交絡因子や他の要素をすべて考慮することは性質上困難ではありますが、この結果に関しての解釈は慎重に行うべきだと思います。

このような解釈は臨床でもよく聞かれます。

例えば「右足首の可動域制限(もしくは痛み)に対して左前鋸筋の滑走性が低下していると判断し、左前鋸筋に介入した結果右足首のROM(もしくは痛み)が改善した。これはSPL(Spiral Line:ラセン線)に対して介入した結果である。」

これは本当にそう言えるのでしょうか。結果として関節可動域が改善したとして、

果たして本当に筋膜に介入した結果なのでしょうか?

そこに本当に筋膜の繋がりはあるのでしょうか?

筋膜の繋がりがあったとして本当にその効果は狙った場所に届いているのでしょうか?

そもそも本当に筋膜に介入できているのでしょうか?

筋膜や筋膜連鎖から臨床推論を行う上であまりこれらの事を考慮しているセラピストは少ないように感じます。

実際に超音波エコー等の機器を活用し自身の筋膜介入への効果を確認していなければ、それは実際には存在しない各個人が信じる「筋膜連鎖による治療効果」という妄想に留まるのではないでしょうか。

私たちが臨床を行う上で評価や介入の結果を解釈する時、まだしっかりと実証されておらず実際に介入が出来ているか不明な筋膜連鎖を軸とした臨床推論を行うのは気を付けた方がいいかもしれません。

 

2.運動や痛みの複雑さはバイオメカニクスのみでは語れない

 バイオメカニクスは書籍や講習会も多くあり、臨床推論で活用している方も多いのではないでしょうか。私もここ1、2年前まで動作分析、触診、動作メカニズムの評価から臨床推論を行い、治療方針を決定していました。私が知っている中で一番理解しやすく臨床活用しやすいのは石井慎一郎先生の著書であるこちらの書籍です。

honto.jp

上で紹介した書籍にならえば、起立時の離殿困難な症例であればまずは問題のある相を決定し、臀部離床に必要なメカニズムのどこにエラーがあるかを評価し問題点を見つけていきます。問題点を見つければそこに介入し、介入前後の動作を確認する といった感じです。

確かに運動を「関節モーメント」「靭帯などの結合組織の弾性」「筋/腱が生み出す作用」「位置エネルギー」で捉える事で運動の問題点を整理し改善に繋がる部分は大いにあると思います。しかし、バイオメカニクスはその難解性から一見論理性が高く思われるため必要以上に症状と関連付けされていると考えます。

例えば、よくバイオメカニクスの視点から疼痛の原因を抽出している場面に遭遇します。いわゆるメカニカルストレスです。こちらの文献は骨盤傾斜や脚長差などの機械的要因と腰痛発生率との関係を報告しています。

腰椎の前彎角度、骨盤傾斜、足の長さの不一致、腹筋/ハムストリングス/腸腰筋の長さなどの機械的要因は腰痛の発生に関連していない。

背筋伸展筋の持久力は腰痛との関連を認めた。

参考文献:Mohammad Reza Nourbakhsh, Amir Massoud Arab. Relationship between mechanical factors and incidence of low back pain. Journal of Orthopaedic and Sports Physical Therapy. 2002 Oct; 32(9): 447-460.

 

痛みの原因をバイオメカニクスで考える傾向はセラピスト界隈で強く見受けられます。しかし、この文献のように近年ではこういった生体力学などの構造因子は痛みに直接関連せず、関連していても非常に影響は小さい事を示すエビデンスが次々と報告されています。

こちらの文献ではシステマティックレビューとメタアナリシスによりバイオメカニクスの要素を取り入れた運動介入の腰痛への効果を以下のように述べています。 

慢性腰痛に対して運動介入が推奨されており、すべての運動タイプは最小限/受動的/保守的/介入なしと比較して効果的であるように見えますが、特定の種類の運動が他よりも優れているという証拠はありません。したがって、患者の好みや能力に合わせてエクササイズを選ぶことをお勧めします。運動介入を心理的要素と組み合わせると、効果が向上し、長期間にわたって維持されます。

つまり、慢性腰痛に関しては何もしないよりは運動した方がいいけどバイオメカニクスだろうがなんだろうが運動の種類の間に効果の差はないよ。むしろ心理的要素の組み合わせが重要だから、相手のモチベーションを高めるために患者にあった運動を選ぶといいよ ということを言っています。

参考文献:Malfliet A, Ickmans K, Huysmans E, et al. Best Evidence Rehabilitation for Chronic Pain Part 3: Low Back Pain. J Clin Med. 2019;8(7):1063. Published 2019 Jul 19. 

 

 こちらは膝蓋大腿痛(PFP)を持つ女性に対し、運動恐怖症または膝関節伸展筋力が階段降段時の運動パターンと関連しているかを調べた研究があります。この文献では以下のように示しています。

膝伸展筋力は階段降段時のケイデンス、膝屈曲ピークとの相関は見られなかった。

運動恐怖症は階段降段時のケイデンス、膝屈曲ピークと有意に相関していた。

参考文献:Danilo de Oliveira Silva et al. Kinesiophobia, but not strength is associated with altered movement in women with patellofemoral pain. Gait Posture. 2019 Feb; 68: 1-5.

 

バイオメカニクスの観点から階段降段を考えると膝関節には伸展モーメントが求められます。特に段差が高くなれば支持側下肢が膝折れしないようにより大きな膝関節伸展モーメントが必要です。つまり、大腿四頭筋の遠心性収縮が必要となるわけです。

しかし、この文献では階段降段時のケイデンスや膝屈曲角度ピークと膝関節伸展筋力との関係は薄く、むしろ心理的要因である運動恐怖症が動作に影響している事を示しています。

更に皆さんもご存知の通り人の身体構造は個別性がある事が報告されています。バイオメカニクスでは姿勢観察や触診から問題点を分析する事も少なくありません。こちらの文献では骨盤の個別性や非対称性に関して報告しています。

水平線とASIS-PSISを結ぶ線で骨盤の傾きの角度を計測した際に骨盤傾斜は0°~23°と個体差が認められた。

また、個体内のASIS-PSIS傾斜の左右差は-6°~5°の範囲で認められた。

この報告は姿勢や触診から問題点を考える場合、評価の信頼性を揺るがす結果です。個体差を考慮しつつ、姿勢などからバイオメカニクス的観点で問題を抽出するのは至難の業と言えるのではないでしょうか。

参考文献:Preece SJ, Willan P, Nester CJ, Graham-Smith P, Herrington L, Bowker P. Variation in pelvic morphology may prevent the identification of anterior pelvic tilt. J Man Manip Ther. 2008; 16: 113-117.

 

 

このようにバイオメカニクスを使用して痛みを捉えたり、バイオメカニクスのみで動作の問題点を捉えるのは不十分さを感じます。

バイオメカニクスは痛みをBio-Phyco-Social(生物心理社会)モデルで捉えた場合に一要因しかみていません。これは痛みの定義に反してしまいます。

運動に関して言えば必要な身体機能(関節可動域改善、筋力向上、姿勢)が改善すれば、その運動は比例して良くなっていくのでしょうか?

恐らくはそんな単純ではないと思います。人の運動は非線形であり、身体⇆脳神経⇆環境の相互作用により運動が生成されます。だからこそ、人は環境の不確定性に対応できます。(人が何故環境に対応出来るのかに関してはまた別の機会に記します。モチベーションがあれば…)

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運動生成は非線形であり、かなり複雑

例えば、幅20cmの平均台の上を歩くとして

A :地面から50cmの高さ

B :地面から50mの高さ

このA .Bの条件を変わらない運動パフォーマンスで行えるという人はあまりいないと思います。私だったらBの条件だと「落ちたら死ぬ」と思い、平均台の20cmの幅が細く思えて足下を注視し、腰を曲げ、足を擦り、亀のようにのろく足を震わせながら情けない姿で渡るもしくは動くことすら出来ないかもしれません。

しかし、臨床ではこれらの事はどの程度考慮されているのでしょうか。先のPFPの階段動作の文献からも心理的要因の方が動作に関連していた事を考えると、

足下を見ながら歩く患者に「前を向いて歩いて!」

足を揃えながら歩く患者に「足を大きく出して!」

この動作指導自体に意味があるとは思えません。前を向けば、交互歩行にすればバイオメカニクス的観点では改善と言えるのかもしれませんが、運動の改善ではありません。根本は何も変わっておらず、理学療法の時間が終われば元の動作に戻ってしまいます。

運動とは結果です。何故患者がそのように運動を行なっているか評価を行い原因を考えなければ患者は場所や介助者などの環境の変化に対応出来ず、出来るADLとしているADLの剥離は大きくなるばかりです。

臨床では運動を多因子(身体的要因、心理的要因、社会的要因、脳神経系、環境)で捉え、バイオメカニクス一辺倒な介入は避けるべきだと考えます。

 

以上でアナトミートレインとバイオメカニクスについての再考を終わりとさせて頂きます。

ご拝読頂きありがとうございました。