理学療法を再考するブログ

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マーケティングの観点から患者のNeedsを考える

 

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おはようございます。

 

今回は臨床を行う上で私が大切にしている患者のNeedsについて考えていきます。

 

 ここで皆さんに注意して頂きたいのが、今回お話していく内容は「Need」ではなく「Needs」であるという事です。

簡単に「Need」と「Needs」の違いを説明します。

・Need:直訳すると‟必要性”

・Needs:直訳すると‟要求”や‟需要”

 

どちらもほぼ似たような意味ですが、前者は医療現場でも使われる客観的項目であり皆さんもよく目にすると思います。後者は医療よりもマーケティングの場面でよく使用される言葉ですね。

医療にマーケティング?と思うかもしれませんが、個人的にはリハビリテーションの本質であり大切になる部分だと思っています。

 

今回の内容は以下のような方々に向けて書いていきます。

リハビリテーションを行う上で途中で何を目標としていいかが分からなくなる

◎患者さんのゴール設定が上手く出来なくて困っている

◎本人の要望が様々な要因で達成できず、ゴール設定に難渋している

 

 特にまだ臨床経験が少なく、自分の中の経験による予後予測が立てれず、この人のゴールをどこから考えて決めていくのかわからない!と迷っている方がこの記事を見ることで「少しでも自信を持って患者さんとのゴール設定を行える」そんな風に思える一助になれば幸いです。

 

目次

[1.NeedとHope(Demand)とNeedsの違い]

[2.なぜNeedsが重要か]

[3.Needsを得るために何をすべきか]

[4.Needsを得るためのインタビューのコツ]

[5.Hopeとはその人らしさを表すもの]

[6.リハビリテーションこそNeedsを意識した関わりを持て]

 

 

 1.NeedとHope(Demand)とNeedsの違い

 冒頭でも少しNeedとNeedsについて触れましたが、まず始めに「Hope/Demand」と「Need」の違いについて整理していきます。

Hope/Demandは患者視点での主観的情報となり、患者自身から発信される情報となります。そのため、直接的にHopeなどがリハビリテーションのゴールになることは稀です。例えば、重度脳卒中で基本動作にも重介助が残る患者さんが「自分の足で走ってマラソン大会に出場したい」というHopeを言ったとして、そのままリハビリテーションのゴールを「マラソン大会出場」とするセラピストはいないと思います。

患者さんの「マラソン大会で走りたい」との要望をセラピストがすり合わせを行うことで、患者さんと新たな目標共有を行います。

次にNeedに関してはセラピストがICFからの情報(主に環境面)より、目標を決める客観的情報となります。ある意味セラピストの主観的情報とも言えるかもしれません。

 例えば、患者さんが「家は玄関に入るとすぐに階段で2階が居住スペースです。自分としては杖を使わずに家の中を歩けるようになりたいです。」と言った場合

Hope/Demand:杖を使わずに家の中を歩けるようになりたい

Need:2階までの階段昇降能力の獲得

となります。この時、この患者さんが独居なのか介護者がいるのか、階段に手すりはあるのか、なければ住宅改修が行えるのか、など様々な情報によってより詳細なNeedが設定できます。

ここは皆さんも学校で学んでおり、「そんな当たり前の事知ってるわ!」と思うかもしれません。

 さて、ここからNeedsについて説明していきます。Needsはそもそもマーケティングで使用される言葉で「消費者のニーズに応えた商品を開発するんだ!」など、どちらかというと商品開発のイメージが強いかと思います。

マーケティングではNeedsに似たWantsという言葉があります。それぞれ説明すると

 Needs=人間の感じる欠乏状態

 Wants=Needsの表現

つまりNeedsは目的であり、WantsはNeedsを達成するための手段であるということになります。

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例えば「喫茶店に行きたい」というWantsがあったとして、ここでのNeedsは「おいしいコーヒーが飲みたい」と考えるかも知れません。しかし、他のNeedsの可能性として「静かな場所で本を読みたい」「外は寒いから一度店で温まりたい」「待ち合わせの時間まで暇だから時間をつぶしたい」なども考えられます。

茶店にいるお客さんがみんな「おいしいコーヒーを飲みたい」という目的であることはほとんどないと思います。それぞれが自分のNeedsを達成するために、「喫茶店に行く」という手段を取ったに過ぎません。

つまり、

Needs≠Wantsという事が言えるわけですね。

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2.なぜNeedsが重要か

 Wantsは自分の目的を達成するための手段を言葉にしているので意識することは容易ですが、Needsにおいては言葉にしていないため本人自身も気づいていない(無意識の)可能性があります。

このWantsリハビリテーションにおけるHopeに代わり、患者のNeedsの表現がHope/Demandになると考えます。私はリハビリテーションではこのHopeから掘り下げたNeedsを捉えることが重要だと感じています。

先ほどの例でHopeが「マラソン大会で走りたい」という患者さんがいたとします。

この患者さんのNeedsは何か?を考える事が大切です。

因みにマラソン大会で走ることは難しいという前提で話をしていきます。

Needsとして

「病気になっても新しい事に挑戦したい」

「運動が好きで、運動仲間と一緒に汗を流したい」

など 様々な事が考えられます。

これらのNeedsを達成する手段として

例えば

「病気になっても新しい事に挑戦したい」であれば

⇒楽器を習う、絵を描く、今まで行ったことのない場所に旅行にいく等

 

「運動が好きで、仲間と汗を流したい」であれば

⇒ ボッチャなどの障害者スポーツを行えるようになる等

 

もちろんこちらが提案した手段が必ず相手に受け入れられるという事はありませんし、Needsを必ず達成できるとも限りません。しかし、病気と共に生きる患者さんがリハビリテーションを行う上で経過でHopeが変わり、もちろんNeedsが変わることもあるでしょう。

患者さんのQOL(Quality of Life:生活の質)を少しでも向上させ、その人らしく生きるために私たちは常に患者さんのNeedsを探り、「患者さんがその人らしくあるために何が出来るか」を悩み考え続けなければならないと考えています。

 

3.Needsを探るために何をすべきか

 リハビリテーションにおけるNeedsに近づくためには、何よりその人自身がどんな人かを知ることが大切だと考えています。今までの生活歴、趣味、人間関係などICFにおける個人因子の情報収集は必要です。更にデータとしての情報だけでなく、目の前にいる患者さんがどんな人なのかを知ろうとする事も大切と考えています。

 

その方法がインタビュー(面接)です!

 

私は初回の理学療法の時間に「インタビュー」を行うようにしています。これに関しては意識して時間を確保するようにしており、40分程度で終わる時もあれば1時間かかる事もあります。

私の働いている病院では病前生活などの情報や患者家族のHopeはソーシャルワーカーが入院時に情報収集しカルテに記載しています。これをカルテで確認する事で情報を手に入れる事は出来ますが、更に詳細な情報を得るために患者さんとのインタビューを実施します。

このインタビューではリハビリテーションの目標設定が行えるように以下の内容は必ず掘り下げるようにしています。

 

・患者さんのHope

・今感じている不安な事や考えている課題は何か

・病前生活の更に詳細な部分の聴取

・最後に今後の理学療法プランの共有

 

全般的に個人因子の情報収集が主ですね。

その時々によって多少内容は変わりますが、基本的には今挙げた項目は必ず聴取するようにしています。方法としては当院には特に規定のアンケート用紙などがないため、非構造化インタビューその中でもデプスインタビューを採用しています。

 

‟デプスインタビュー”とは

1対1で十分に時間をとって行うインタビューであり、対象者の行動の裏側にある顕在化したニーズ、価値観、対象者自身も認識していなかった潜在的ニーズを明らかにできる。デメリットとして時間とコストがかかる、時間をかけて聴取するため収集する情報量が多くなってしまうなどの点が挙げられる。

 

4.Needsを得るためのインタビューのコツ

 インタビューを行う時に気をつけておきたいのが一方向性でのコミュニケーションにならないようにする事です。私はインタビューで患者さん自身の事を知ろうとするのはもちろん、自分がどんな人間かを相手に知ってもらう事も意識しています。知らない人に自分の情報をアレコレ教えるのには抵抗が少なからずありますよね。

なので、まずは自分を知ってもらうためにも、会話の中で共通の話題を見つけて信頼関係の構築(ラポール形成)を図っていくのも良いかもしれません。

 また、インタビューを行う際には言葉の端々に落ちている情報を落とさないようにアンテナを張るように意識しています。

 

一例として、

PT「身体の痛みなどはありますか?」

患者「今はありませんけど…」

 

この会話では重要な情報があります。

それは「けど」という言葉です。

今は痛くない「けど」以前は痛かったのか?

今は痛くない「けど」他の時間帯で痛む事があるのか?

など、こういった言葉の端々に隠れている情報をスルーせずに更に質問して深めていく事が大切です。

 最後に中々患者さんとの話を深く掘り下げる事が苦手な場合は5W1Hで質問を深めていくといいと思います。

患者さん「歩けるようになりたい」

というHopeがあったとして、

・誰と(who)

・どこを(where)

・何を使って(what)

・いつまでに(when)

・どれくらいの時間、距離(how)

・なぜそうなりたいか(why)

 

みたいな感じで掘り下げていくと、インタビューで情報が引き出しやすくなり情報収集を行いやすくなると思います。

 

 5.Hopeとはその人らしさを表すもの

ここまで長々とNeedsの重要性を述べてきたのですが、僕は理学療法士なのでやはり身体機能の向上を目指す事で患者さんのHopeも出来る限り達成できる準備をしたいと思っています。

Hopeは本質的なNeeds(目的)を達成するための経過や手段ではあるのですが、やはりその手段も大事なんですよね。

 

手段は何でもいいから目的さえ達成できれば良いんだー‼︎

 

そんな事ありませんよね?

人が社会生活を送る上で手段を複数個持っているのと1つしか持っていないのとでは、生活の質は大きく異なってきます。

ましてや、その1つの手段がとても面倒で融通の効きにくいものだとどうでしょう…

僕だったら疲れて途中でやめちゃうかもしれません。

Needsを捉えて手段を提示する時には『出来ればいい』ではなく、あくまで『その人が自分らしくあるために何が出来ればいいか』と考えるようにするといいかもしれません。

 

6 .リハビリテーションこそNeedsを意識した関わりを持て

 医療現場でこそ(特に障害と付き合って生きていく)患者のNeedsを探り、双方的なコミュニケーションが求められます。リハビリテーションの目標設定ではセラピストと患者の目標に差異があるという報告もあります。1)

ヘルスリテラシーが低く自分の事を全て決めてもらいたい患者さん、自分の希望や不満を伝えられない患者さんが多くいることで臨床の現場では形骸化したインフォームドコンセントや未だに自身の価値観のみで判断するパターナリズムでのリハビリテーションでの目標設定が蔓延っているのではないかと考えています。

人生において価値観は人の数だけあり、我々の「正しい」とか「こうした方があなたは幸せだ」という価値観を患者・家族に押し付けるリハビリテーションリハビリテーションではありません。

患者・家族のHope(手段)の表出を持って何のNeeds(目的)を満たそうとしているのか。これを一緒に話合う時間をこちら側が意識して作り、Shered Dicision Makingなどを活用しながら顧客満足度の高いリハビリテーションを作り上げていくことが大切だと思っています。

よく新人のセラピストの方に「自宅に帰れるかが分からない。帰っても介護生活が大変だが家族が理解してくれない。」「施設に行くか自宅に行くかで入院期間の提示が変わってくるがどうしようか迷っている。」という相談を受けますが、まず目標設定に患者・家族の意思意向が含まれているのかどうかの確認を必ずします。リハビリテーションであるのに患者・家族と病前生活や目標について話していなければリハビリテーションの方向性は決まりません。

途中でリハビリテーションの目標や方向性を見失う場合は、一番初めに目標設定をしっかりと患者・家族と共有出来てない場合が多いです。

患者・家族のNeedsを捉え目標が決まっていれば、どうすれば目標を達成できるかを私たちはチームで考え動いていくだけです。

例えば「家に帰りたい・帰してあげたい」という患者・家族がいたとして、家に帰るにあたりある程度理想と離れた手段を提案する事もあると思います。

ただ、その手段が患者・家族のNeedsと大きく離れていなければ受け入れることもあると思いますし、逆にNeedsが満たせなく「そこまで大変なら…」と再度考え直す機会になるかもしれません。

あくまで決定をするのは患者・家族です。中にはそんな大事なことは決められないから決めてくれという人もいます。しかし、これは話合った結果専門家に方針を決定してほしいと本人が決めたとも言えます。この過程を踏まえた上での決定がリハビリテーションでは大切になると思っています。

 

是非とも自身の価値観で物事を判断せず、患者家族にとってのリハビリテーションにおけるNeedsとは何かを探っていきましょう。

そのためにはセラピストは専門知識や技術だけでなく、コミュニケーション能力や社会人としての礼儀・品性、人としての資質を兼ね備えるよう普段から内省し意識しておくことも重要かもしれません。

 

以上でマーケティングの観点から患者のNeedsに対する考察を終了とさせて頂きます。

ご拝読ありがとうございました!

 

 

参考文献

1)上岡裕美子ら.脳卒中後遺症者と担当理学療法士が認識している外来理学療法目標の相違ー回復期後期,維持期前期,維持期後期別の比較検討ー.理学療法学2006;21(3):239-247.