理学療法を再考するブログ

勉強会・アウトプット用

痛みについて再考する。

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おはようございます。

 

今回は臨床で何度も遭遇する≪痛み/疼痛:Pain≫について考えていきます。

≪痛み≫と聞くと苦手意識がある方も多いのではないかと思います。患者さんにとってもセラピストにとっても頭を悩ませるものですよね。

 

私も臨床を行う上で≪痛み≫に関してかなり悩まされてきました。

しかし、最近になって≪痛み≫というものについて学びなおす機会があり、≪痛み≫を知ることで今までの自分の痛みについての常識や価値観、概念がぶち壊されました。

この固定概念が崩れることで臨床でも少しずつ結果がついてくるようになりました。

具体的にいうと見当違いな方向で悩むことがなくなり、自分が次に何をすればいいのかが見えるようになりました。

痛みについて日ごろから悩んでいるあなた!

そんなあなたの痛みについての常識をぶち壊すのが今回の記事の目的です。

 

この記事は以下のような人に向けて書いていきます

 

◎痛みについてそもそもあまり勉強をした事がない人

◎患者さんの痛みを自分が上手く介入して取り除く事ができないと悩んでいる人

◎その場では痛みを直せても効果が持続しないと悩んでいる人

◎自分には痛みを取りきれるような技術がまだないと思っている人

◎痛みを取り除くために何をすればいいのか分からないという人

 

目次

[1.痛みを治すのに必要なのはゴッドハンドなのか?]

[2.痛みの定義]

[3.私たちは痛みについて正しい知識を教えてもらっていない!?]

[4.BPSモデルについて]

[5.破局的思考と運動恐怖症]

[6.恐怖回避行動を脱却せよ]

[7.痛みを重症化させないためにセラピストが患者に提供するべき2つの事]

 

1.痛みを治すのに必要なのはゴッドハンドなのか?

  最近、巷で○○法や○○流などの俗にいうゴットハンドによって痛みをたちまち取り除いてしまう!めちゃすごい!みたいな宣伝が多い印象があります。個人的には中にはうさんくせーなーと思うものもあったりしますし、私自身ゴットハンドになりたいとは思いませんでしたが、やはり痛みを取り除くためにはオステオパシーや筋膜マニュピレーションなど高い徒手技術や触診技術が必ず必要だと思っていました。

なので、「患者さんの痛みが取れない(取りきれない)もしくはその場では痛みを取れるが効果が続かない。これは自分の技術が不足しているからだ!」と思い、ひたすら触診やテクニック系の勉強会に参加していました。

みなさんも心当たりはありませんか?

 

しかし、これは本当なのでしょうか?

 2014年にランダム比較試験(RCT)で脊椎マニュピレーション(SMT)を腰痛のある人に対して介入し、SMTは痛みの減弱に関連しているかを調べた研究報告があります。

この研究結果ではSMT介入群は介入直後にコントロール群とプラセボ群よりも有意に疼痛感受性の低下を示しましたが、2週間後にはコントロール群、プラセボ群と比較しても腰痛の程度や日常生活における制限(オスウェストリー障害指数)に有意差は認められませんでした。

 

参考文献:Bialosky JE, George SZ, Horn Me at al. Spinal manipulative therapy-specific changes in pain sensitivity in individuals with low back pain(NCT01168999). J. Pain15(2), 136-148 (2014).

 

 同じSMTの研究報告で1986年に健常男性に対してSMTを介入した際のβ-エンドルフィンへの影響を調べたコントロール研究があります。

こちらの結果では介入後SMT群は+5分の時点でのみプラセボ群、コントロール群と比べてわずかながら有意にβ-エンドルフィンの増加を示したとの報告があります。

 

参考文献:Vernon HT, Dhami MS, Howley TP, Annett R. Spinal manipulation and beta-endorphin: A controlled study of the effect of a spinal manipulation on plasma beta-endorphin levels in normal males. J. Manipulative Physiol. Ther. 9(2), 115-123 (1986).

 

 またこちらも少し古いですが、2005年に健常者に対してオステオパシー(OMT)の手技による内因性カンナビノイド(脳内鎮痛物質)への効果を調べた研究があります。

こちらはOMT群とコントロール(偽治療)群をランダムに振り分け、1セッション20分にて治療前10分と治療後20分に採血を行いました。結果としてOMT群ではアナンダミド(AEA:快感などに関係する脳内麻薬の一つと考えられ、中枢神経および末梢に対して多様な機能を持っている)が介入の前後で168%(2.99pmol/ml→8.01pmol/ml)の増加を認めました。

しかし、この研究では群間にAEA増加量に有意差は認めず、採血も短い間隔で行っているためOMTの長期的効果を示すものではありません。

 

参考文献:Mcpartland JM, Giuffrida A, King J et al. Cannabimimetic effects of osteopathic manipulative treatment. J. Am. Osteopath. Assoc. 105(6), 283-291 (2005).

 

 以上の研究結果からも分かるとおり、痛みに対する手技の効果は即時的には認められるものの長期効果を示す報告は私が知る限りでは見当たりません。

更に研究では手技によるβ-エンドルフィンや内因性カンナビノイドなど脳内の鎮痛物質の作用が痛みを軽減させることには言及していますが、手技によって身体の構造を変化させ痛みを軽減させたなどの研究報告はあまり見当たりません。これは何故でしょうか?

これを理解するためにはまず痛みの定義を知る事が必要です。

 

2.痛みの定義

  2020年7月に国際疼痛学会(International Association for the Study of Pain:IASP)が痛みの定義の改定を発表しました。

 

【定義】

実際のまたは潜在的な組織の損傷に関連した、またはそれに類似した不快な感覚および感情的な経験

( 原文:An unpleasant sensory and emotional experience associated with, or resembling that associated with, actual or potential tissue damage. )

 

 さらに6つの注釈があります。

1)痛みは常に個人的な経験であり、生物学的、心理学的、社会的要因によって程度の差はあるが影響を受ける。

(原文:Pain is always a personal experience that is influenced to varying degrees by biological, psychological, and social factors.) 

2)痛みと侵害受容は異なる現象である。痛みは感覚ニューロンの活動だけから推測することは出来ない。

(原文:Pain and nociception are different phenomena. Pain cannot be inferred solely from activity in sensory neurons.)

3)個人は人生経験を通じて、痛みの概念を学習する。

(原文:Through their life experiences, individuals learn the concept of pain)

4)痛みとしての体験に関する報告は尊重されるべきである。

(原文:A person’s report of an experience as pain should be respected.)

5)通常、痛みは適応的な役割を果たすが、機能や社会的・心理的な幸福に悪影響を及ぼす可能性がある。

(原文:Although pain usually serves an adaptive role, it may have adverse effects on function and social and psychological well-being.)

6)言葉による説明は、痛みを表現するいくつかの行動の一つに過ぎず、コミュニケーションがとれないからといって、人間または、人間以外の動物が痛みを経験する可能性を否定するものではない。

(原文:Verbal description is only one of several behaviors to express pain; inability to communicate does not negate the possibility that a human or a nonhuman animal experiences pain.) 

 

参考文献:Raja, Srinivasa N at al. The revised International Association for the study of pain definition of pain concept, challenges, and compromises. Pain 2020; 1-7.

 

 さて、この定義と注釈から分かることは「痛み≠痛覚」であること、そしてその人個人の背景によっても痛みの程度が変わることを指し示しています。

これは必ずしも痛みがある所には何か身体的な問題があり、そうでなければ心理的な問題があると考えるセラピストの概念を覆してしまう定義です。

これって衝撃を受けませんか?

だって、今まで患者さんが痛みをあると訴えてきた時に

「ああ、それはここの筋肉が硬いからですよ」とか

「この関節が動いていないから(代わりにここが動いて)痛みがあるんですよ」もしくは

「痛いと思っているから、痛みに気を取られちゃうから痛く感じるんですよ」なんてセリフでほとんどのセラピストは患者さんに痛みの説明をしているのではないかと思います。

これが適切じゃないよ!!って事をIASPは言っているわけです。

私も痛みについての勉強を始める前は自信満々にこのセリフを言っていました。今思えばかなり大変なことをしでかしていたんですが...

この原因の一つとして私たちはそのように(痛み=身体損傷もしくは痛み=心理的問題だよと)痛みを習うことにあると思います。

 

3.私たちは痛みについて正しい知識を教えてもらっていない!?

 養成校では解剖学、生理学、運動学を始めそれぞれの専門性に沿った内容を勉強していきます。私が養成校に在学していた頃は痛みに関する勉強は神経生理学の中での痛覚伝導路や解剖生理学における炎症所見くらいだったはずです…たぶん…

この知識で患者さんの痛みを考えると確かにデカルトが唱えた心身二元論から痛みを考察したくなります。心身二元論的に痛みを考える場合には「どこか身体に問題がある」「身体に問題が無ければ心理的な問題である」と原因をそれぞれ身体的もしくは心理的な側面のみで問題を考えてしまいます。これは先程の痛みの定義に反する考え方です。

 現に2011年に「徒手および理学療法における姿勢-構造-生体力学モデルの崩壊」というタイトルで痛みと身体構造の関連性に疑問を投げかけている論文があります。

この論文では以下の姿勢に関することが触れられています。

・骨盤傾斜/非対称性、外側仙骨底角と腰痛に相関はない

・長時間の立位、屈曲、捻転、ぎこちない姿勢(ひざまついたり、しゃがんだり)、仕事中の座位姿勢、長時間の座位と休憩中のような姿勢を含む、仕事と関係した姿勢と腰痛の間に関連性がない

・妊娠中の脊椎前弯、矢状面における明らかな骨盤の前傾増加は背部痛との関連は示されていない

 

参考文献:Lederman E. The fall of the postural-structural-biomechanicalmodel in manual and physical therapies: exemplified by lower back pain. J Bodyw Mov Ther. 2011; 15(2):131-138. 

 

 更にこちらの研究では症状に関連する変形性関節症(OA)の組織病理学的特徴を特定するために、軟骨症の重症度が一致した被験者を症候性OAと無症候性OAの2グループに分けています。つまり、膝関節の構造的変化の重症度が一緒にもかかわらず無症候性の人がいるということです。

 

参考文献:Stoppiello LA, et al.: Structural associations of symptomatic knee osteoarthritis. Arthritis Rheumatol. 2014; 66(11):3018-3027.

 

 もちろん、これらは「姿勢や構造所見と痛みは関係ない」ということではなく、「姿勢や構造所見は痛みと常に関連しているわけではない」ということが言えます。

では構造所見があっても痛みがある人とない人がいるのは何故でしょうか。

これを解決してくれるのがIASPの痛みの定義の注釈にもある「痛みは常に個人的な経験であり、生物学的心理学的社会的要因によって程度の差はあるが影響を受ける」という痛みのBPSモデルの考え方です。

 

4.BPSモデルについて

  BPSとはBio-Phyco-social(生物心理社会)の略語です。元々は精神科医であるエンゲルが1977年にBiomedicine model(生物医学モデル)に代わって新しい医学観を提唱した事が始まりです。

 

参考文献:G L Engel. The Need for a New Medical Model: A Challenge for Biomedicine, Science, New Series, Vol. 196, No. 4286 (Apr. 8, 1977), 129-136.

 

生物学的要因では組織損傷(tissue damege)や動作(movement)、負荷(load)、病理学(pathology)、強さ(strength)、侵害受容(nociception)が関与します。

心理学的要因では信念(belief)、知覚(perception)、情動(emotion)、期待(expectations)、行動(behaviors)が関与します。

社会的要因では仕事(works)、家族(family)、レジャー(leisure)、経済(economics)、教育(education)が関与します。

 痛みについて知らなかった私は生物学的要因に原因を強く求め、そうでなければ心理学的要因に原因を求めていました。これは先ほども言ったとおり心身二元論的考えです。BPSモデルに基づいて痛みを考えるのであれば、生物学的要因-心理学的要因-社会的要因は相互に影響しあい、結果として痛みを表出しているのです。

 

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 本来、痛みとは「それ以上無理に動かすと身体が壊れちゃうよ」や「そのままほっとくと死んじゃうよ」など身体の異常など生命の危険がある事を脳に知らせ、生命活動を維持するように行動させるための信号です。例えば、痛みがない場合背中に包丁が刺さり血がドクドク出てても平気で行動できますが、いずれは出血多量で死んでしまいます。人は痛みを感じることで身体の異常に気づき助けを呼ぶなり、止血するなどの行動に移れるわけです。

 急性期では生物学的要因による痛みが大いにあると思いますが、実際臨床では何年も前の傷が痛む人やいつまでも腰の痛みに悩まされる人は後を絶ちません。本来、急性期症状も終えて組織損傷の回復過程が終わっているにも関わらず痛みが持続しているのです。これがいわゆる慢性疼痛です。

慢性疼痛には心理学的要因、社会的要因が大きく影響しています。

 心理学的要因として代表的な破局的思考(catastrophizing)、運動恐怖症(kinesiophobia)は抑うつや不活動、機能障害を招き慢性疼痛の恐怖回避モデル(fear-avoidance model)に陥ってしまいます。

 

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fear-avoidance model(恐怖回避モデル)

 

 また、破局的思考は感情や社会的ストレッサーの影響を受け、痛みを慢性化させてしまいます。

 

5.破局的思考と運動恐怖症

 破局とは「その人が可能な限り最悪の結果を想定し、これに固執し、小さな問題を大きな災害と解釈する認知的プロセス」とされています。

 

参考文献:Turk DC et al. Assessment of phycosocial and Functional Impact of Chronic Pain. J Pain. 2016; 17(9 Suppl): T21-49. 

 

 破局的思考を持つ人は痛みを拡大視し、痛みに対して無力感を感じ、痛みのことばかりを反すうしてしまいます。

また運動恐怖症は恐怖回避行動を誘発し、正常な組織の回復過程を阻害する可能性があります。この運動恐怖症は整形外科に入院する外傷をもつ患者の52.8%が引き起こしているとの報告があります。

 

参考文献:Morgounovski, Johanna & Vuistiner, Philippe & Léger, Bertrand & Luthi, François. (2016). The fear–avoidance model to predict return to work after an orthopedic trauma. Annals of Physical and Rehabilitation Medicine. 59. e110-e111. 

 

 更に運動恐怖症は外傷でなくても引き起こされるとされる研究報告があります。この報告では、89人の片頭痛をもつ患者の53%が運動恐怖症を引き起こしていました。また、運動恐怖症を持つ患者は身体活動は痛みを緩和する事はないと信じており、運動は身体にとって有害であるという信念を持っていました。

 

参考文献:Mariana Tedeschi Benatto, PT, Débora Bevilaqua-Grossi, PhD, Gabriela Ferreira Carvalho, PhD, Marcela Mendes Bragatto, MS, Carina Ferreira Pinheiro, MS, Samuel Straceri Lodovichi, PT, Fabíola Dach, PhD, César Fernández-de-las-Peñas, PhD, Lidiane Lima Florencio, PhD, Kinesiophobia Is Associated with Migraine, Pain Medicine, Volume 20, Issue 4, April 2019, 846–851.

 

 臨床でも

「痛みがあるから何も出来ない。」

「動くと痛みが酷くなると思うから、横になっていたい。」

「もうこの痛みはどうにもらならいんでしょ。」という人によく会います。

そういった人たちが選ぶ行動は受動的なものが多いです。マッサージだけを好んだり、痛みが出ないように過度に安静にしたりします。しかし、疼痛回避モデルでもあるように不動は疼痛増悪因子の一つであり、良かれと思って安静にしてたが逆に痛みを維持・増悪させてしまうことになってしまいます。また、マッサージを始めとした徒手療法は先にも書いたとおり即時的効果は得られるかもしれませんが、その効果は長期的に持続せず痛みが再燃するため何度も治療院に通う必要があります。結果として痛みによる障害の改善は得られないまま医療コストだけがかかってしまいます。

 じゃあ、運動をさせたらいいじゃん!と考えてしまいそうですが、痛みや動く事に対して恐怖感が強い患者に運動療法を実施してもその患者の信念とは異なるため、痛みを増悪させてしまう可能性があります。

 

6.恐怖回避行動を脱却せよ

 痛みがある患者に対して運動はさせた方がいい。でも、運動の恐怖が強い患者には逆効果…じゃあ、どうすりゃあいいんだよ!って感じですよね。

そんな時に私が実施しているのが疼痛神経科学教育(pain neuroscience education:PNE)です。PNEでは痛みに対する情報を提供して、痛みに対する再概念化に重点を置いています。

PNEによって損傷≠痛みであり身体に損傷がなくても痛みは生じることを伝え、動くことによる恐怖心を取り除いていく事が重要とされています。

更に理学療法実践における効果的なPNEの5つの用件があります。

1)痛みに対して臨床的に意味のある効果を得るには、セラピストとの相互作用が必要である。

(原文:Interaction with a therapist is necessary to obtain clinically meaningful effects on pain.)

2)痛みについて現在の認識に不満を抱いている患者だけが、痛みを再概念化が出来る傾向にある。

(原文:Only patients dissatisfied with their current perceptions about pain are prone to reconceptualization of pain.)

3)新しい説明は患者にとってわかりやすいものでなければならない。

(原文:Any new explanation must be intelligible to the patient.)

4)新しい説明は、患者にとってもっともらしく有益であるように見えなければならない。

(原文:New explanation must appear plausible and beneficial to the patient.)

5)新しい説明は患者の環境と共有し、合致するか確認する必要がある。

(原文:The new explanation should be shared and confirmed by the direct environment of the patient. )

 

参考文献:“FIVE REQUIREMENTS FOR EFFECTIVE PAIN NEUROSCIENCE EDUCATION IN PHYSIOTHERAPY PRACTICE”.Pain in motion.2016/6/1.

http://www.paininmotion.be/blog/detail/five-requirements-effective-pain-neuroscience-education-physiotherapy-practice, (参照2020-8-9)

 

 上記の3)、4)に関してはわかりやすく且つもっともらしく説明した方がよいとの事で、私も実際に絵や図を見せながら痛みについての説明を行っています。また1)、5)に関しても痛みの説明はセラピストが患者に向けて実施した方が効果的であり、現在の患者の環境(特に家族や友人など親しく影響を受けやすい人たち)と情報を共有する必要があることを指しています。また、新しい説明は一方的なやり取りとならないように注意が必要です。科学的に運動や活動することが正論であっても、その人の考えや信念が変わらないまま運動を推奨すると不信感となってしまい信用を失いかねません。そうなると痛みを改善できる機会が失われてしまいます。適宜、その人の理解している度合いや考えを聞きながら双方向的にコミュニケーションを取り慎重に進めていくべきだと思います。

 さて、ここで一番注意したいのが2)です。この「現在の認識に不満を抱いている」という文言が重要で、臨床でも現在の認識に不満がない人は痛みの再概念化がかなり難しくなります。

例えば、世の中のメディアは基本的には腰が痛くなったら筋肉に効く塗り薬を!姿勢を綺麗にして腰痛とはオサラバ!や膝が痛むならヒアルロン酸を錠剤で摂取して痛みから解放されましょう!などと謳っています。これはBiomedicine model(生物医学モデル)に偏った情報です。もちろん、これらが解決してくれる痛みもありますが、やはりこの情報は不十分に感じます。ただ、このような情報を毎日耳に入れていると自分の腰が痛いのは姿勢が悪いからだ、膝が痛いのは軟骨が擦り減っているからだ、なんて事を考えても仕方がないのかもしれません。

更には痛みを維持・増悪させているのが患者から見た信頼のおけるセラピストかもしれません。長年お世話になっている先生に治療院に通う度に「腰の筋肉が硬いね~。これじゃ痛くなって当然だよ。」と言われ、徒手施術後は一時的に痛みは寛解するので『前より痛くなくなった。やっぱり効くね』と患者は思います。で、セラピストは「また、痛くなったら来なよ~」なんて言いながら。

これを繰り返すと『自分の腰の痛みは腰の筋肉が硬くなるからだ、だってあの先生が言ってるんだもの!』と間違った情報であるにも関わらず、(患者の中では)長年診てもらっている信頼する先生が言っているから正しいハズ!という信念が生まれます。この信念から痛みを再概念化することは至難の業となります。

このため私自身も言葉に注意して臨床に挑んでいます。何故なら何となく発した自分の言葉が患者の信念を形成する可能性があり、将来の痛みの治療の邪魔をするかもしれません。

 とまあ、色々と要点はありますが実際のところPNEのみでは疼痛の軽減は見込めません。しかし、運動療法と併用していくことで効果的となっていきます。PNEの重要な点は運動療法で身体の構造を変えること(例:背筋を鍛えて猫背を直す)に着目するのではなく、身体を動かすこと自体が重要であるということを伝えることです。

また、PNEや運動療法の対象になるのは非特異性背部痛だけではなく、特異的背部痛(急性腰痛)に対しても慢性化を予防する可能性があるとの研究報告もあります。

 

参考文献:Zimney K, Louw A, Puentedura E.J. Use of Therapeutic Neuroscience Education to address phychosocial factors associated with acute low back pain: a case report. Physiother Theory Pract. 2014; 30(3): 202-209.

 

臨床でもPNEを実施した患者は運動や活動をポジティブに捉えるようになり受動的な姿勢から能動的に自分で痛みを何とかしようという姿勢に変化していく印象です。PNEを実施するに当たってセラピスト側の痛みに関する理解が重要となってきますので、しっかりと痛みに関する情報をアップデートしていく必要があるかと思います。

 

7.痛みを重症化させないためにセラピストが患者さんに提供するべき2つの事

  さて、長々と書いてまいりましたが最後に我々セラピストは痛みを持つ患者に何を提供すべきなのかを書いていきます。

 

結論からズバリ言うと

1)運動療法が適応か否か(Red flag)を判断できる

2)患者のセルフマネジメント能力を育てる

これに尽きるのではないかと私は考えます。

 

 1)のRed flagに関しては「医学的処置(医師の処置・医業)が必要な状態」を指しますので、そもそも運動や活動を推奨していいのかの判断はかなり重要です。痛みの原因が骨折や感染、腫瘍または内臓疾患の可能性であることも考えられます。これらはセラピストの対応範囲を超えていますので、まずは自分が介入しても良いのか?それとも駄目なのか?これを考察しなければいけません。

 2)のセルフマネジメント能力を育てるとか、じゃあ痛みを取るために徒手療法は重要じゃなくてそれってセラピストじゃなくても出来るよね。って思いませんか。

正にそうなんだと私は考えています。

更に言えば、ゴットハンドのようなテクニックを持っていなくたって経験年数が1~2年目のセラピストでもやるべきことをやれば痛みは改善できます。

 私は理学療法士として職人気質的に自分にしか出来ない徒手テクニックで痛みを取り除きたいと考えていました。でも、それだけじゃ痛み(特に慢性疼痛)は改善出来ません。確かに患者の中には徒手介入による身体面の改善が生活の質の向上に功を奏す場面も臨床で少なからず見てきました(例えば、痛みがなくなって今まで出来なかった趣味ができるようになった等)。しかし、それは“たまたま”そうであっただけで全ての痛みの問題は解決出来ません。

中には家庭の不和や会社の人間関係によるストレスが原因で腰痛や肩こりになる人がいます。これは社会的要因が痛みに大きく関与しています。これに対して身体的な問題を解決しても、痛みが再燃することは容易に想像がつきます。私たちの徒手療法では痛みを作っている人間関係は変えられません、私たちの徒手療法では痛みを大げさにしている患者の破局的な思考は改善できません。

ここを変えられるのは本人しかいないのです。

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仕事、家庭、お金の悩みなどの社会的因子は痛みを増悪させる。

これは徒手療法ではどうしようもない…

 患者に「自分でやって良くなった」という経験が自己効力感(self-efficacy)やアドヒアランス(adherence)を高め、次に痛みに対峙した時に安易なマッサージを受ける・安静にするなどの選択を遠ざけ、自分で能動的に痛みを解決するための正しい選択が出来るようになるかもしれません。

そのためにセラピストは患者の痛みへの理解を深めるよう関わり、患者のセルフマネジメント能力が向上できるよう環境や患者のモチベーションなどをマネジメントすることの方がよっぽど大切だと思います。

 ここに理学療法士としての専門性を発揮するならば、患者に提供する運動療法が効果的かつ患者に1人でも簡単に実施できるようにカスタマイズした運動を伝えることだと考えます。または習慣的な姿勢の連続が疼痛を引き起こしている要因もゼロではないので、問診と姿勢から考察した生活指導も必要かもしれません。

セラピストの関わり方一つで患者の痛みは良くも悪くもなります。患者から信頼され、正しい知識をもとに痛みを改善出来るセラピストで在りたいものです。 

 

以上を持ちまして痛みについての再考を終わりとさせて頂きます。

ご拝読ありがとうございました。